5.スイート・ホーム・マーズ

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 「V」のエリアは公会堂から出て、右手に向かった一角に固まっていた。自分が乗ってきたマーズ・エンタープライズ1号機には、自分のほかにも2人の民間人が乗ってきた。  「V―1号室」はクリフ・リチャーズ。三十九歳。来年から建設される第二のコロニー「オリンポス」で、金属製錬の工場を建設、運営する。地球ではその名を知らぬ人はいない巨大企業の技術幹部だ。  もう一人はポール・ブラウンという二十八歳の商社マンだ。大学院でMBA(ビジネス学修士)を修めたあと、すぐに現在の巨大商社に入り、一貫して宇宙旅行を扱う部門に籍を置いている。火星担当になる前は、月面基地ツアーを手掛け、毎年、数千人もの観光客を地球から送り込み、会社に巨額の利益をもたらした。年に二、三度は添乗員として、月面航路のCEV(他目的宇宙船)に乗り込むことあり、宇宙には慣れていたはずだが、約半年の火星旅行は精神的に応えたようで、火星に着く二カ月ほど前から躁鬱傾向を示していた。  ケイはブラウンの「2号室」の前を過ぎ、自分の居室の扉の前に立った。中央にある掌紋認証パネルに右手を当てると、ロックはゴトッという鈍い音を立てて外れた。  扉を開けると、自動的にライトが灯った。部屋はワンルームで、キャンピングカーの内部ほどの広さ。壁は淡いクリーム色。天井近くのLEDライトが間接的に壁を照らしており、居室全体が柔らかい光に包まれている。  入ってすぐの右側には幅一・五メートルほどの大型ロッカーが備え付けてある。ここには、野外活動用の与圧服と酸素ボンベ収納されていた。ブレ博士が我々の出迎えの時に来ていた奴だ。宇宙服よりは幾分動きやすい。与圧服を着用する際に不可欠な生命維持装置の充電装置や小型燃料電池に使う水素充填アダプターもロッカーに収められていた。
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