48.技術部長

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「飛行機、まさか上空からアンテナを落として、地面に突き刺すとか…」 「冗談みたいですが、僕も考えてみました。でも、それは無理です」 「じゃあ、どうするんだい」  アダムは少し間をおいて答えた。 「気球を使うんですよ」  考えもしなかった提案だった。 「火星は大気が薄いですよね。ということは、風圧が弱くて、大気は比較的安定しているんです。だから、気球を上空の決まったエリアに止めておくのは、物理的にはそんなに難しいことじゃありません。実際、地球では半世紀近く前に、気球を成層圏に滞留させてアンテナ代わりに使ったことがあります。地球大気のような激しい対流の中でもできたんですよ。電波中継器とそれに電力を供給する太陽電池と小さなプロペラを載せただけの小さな気球を浮かせて置くのは、この星ならできない訳がないと思いません? 気球を上げて、管制するだけなら、僕らだけでも充分に対応できます」 「なるほど、それで」  アダムの話しぶりに、ケイは興奮してきた。 「詳しい計算はまだしていませんが、多分、高度五、六千㍍まで登れたら、フロンティアとオリンポスの間をUHF波でつなぐことができます。この薄い大気の中を、その高さまで登る気球を作るのは、ちょっと大変だけど、何とかできるんじゃないかな」 「そいつは凄いよ。放送局の開局がぐっと現実味を帯びてきた気がする」 「実はクリフォードさんと気球を作り始めたんですよ」  サラが「働かせ過ぎ」というのも分かる。もっと先を聞きたかったが、これ以上アダムを興奮させると、サラに怒られてしまう。 「分かった、アダム。君の気持ちと行動力には本当に感謝する。でも、焦らないで欲しい。じっくりといいものを作ってくれればいいんだよ。開局予定日はまだ決まってないんだから」 「でもね、ケイ。来月に初めての無人飛行機をオリンポスに向けて飛ばすでしょう? それに気球をくっつけられたら、飛行機浮上の助けにもなるし、一石二鳥なんですよ。この気球計画は、パパも後押ししてくれています。だから、クリフォードさんだけでなく、MSも何人か手伝ってくれています。僕が一人で頑張っている訳じゃないので、心配しないで。飛行機にはUHF波の送受信機を載せるので、そちらに届いたら、すぐに電波テストを始めましょう。それから、約束だよ。レポーター第一号は僕だからね」  ケイはしばらく返す言葉が見つからなかった。アダムの聡明さと実行力には何度も驚かされる。これからもきっとそうだろう。
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