49.マーズプレス開局前夜

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 デイブ宛てにメールを送信し終えたケイは、カールに唯一ある三角窓に歩み寄った。日はとっくに沈んでおり、闇の中で見えるのは、ハブ周辺にもれているわずかな明かりだけだった。昼間だったら、ジェニファーが眠るハイド・ヒルが望めるはずだ。 <随分と火星人らしくなってきたわね>  ふと、ジェニファーの声が聞こえた気がした。俺は丘に向かって、心の中でつぶやいた。 「君と子供と一緒に、この星でずっと暮らしたかった。それさえできたら、他には何もいらなかった。だが、これも運命なんだろう。これからは一人で頑張って生きていく。いや、一人じゃないな。コロニーの仲間たちとだ。その丘からいつまでも僕を見守ってくれ」  ケイは窓のシールドをゆっくりと下ろした。振り返って見るカールの室内は、相変わらず窮屈で雑然としていた。散らかった食器や衣類で床は足の踏み場もない。放送機材が散らかり、テーブルの上にはくたびれかけたカメラが無造作に置かれていた。  しかし、ケイには、いつもと同じ室内が、この時に限ってなぜか温かく感じた。 <狭いながらも楽しい我が家か>  ケイの耳に再びジェニファーの声が蘇ってきた。 (了)
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