5.スイート・ホーム・マーズ

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 ケイは 地球から持ってきた私物ケースの中から、小さなコンピューターを取り出し、ベッドに腰掛けた。縦十センチ、横二十センチ、厚さ二センチの超小型サイズだが、メモリー容量が百テラバイトある。先ほど収録したブレ一家のインタビュー映像はこの中に記録してある。  タッチペンを使ってミニコンを起動し、ベッドの左手にあるスイッチを押した。また、壁の一部が倒れ、二十インチほどのディスプレーとキーボードが現れた。 「コンピューター起動」  ケイが声を発すると、ディスプレーが灯り、「Ready」の文字が浮かんだ。ものの数秒で起動作業は完了した。こいつもとびきり高性能だ。 「記憶装置と接続」  音声に反応してコンピューターが無線接続の手順を開始した。またもやほんの数秒で手元のミニコンが準備完了を知らせる小さな電子音を発した。 「火星日誌三日目、記録開始」  これは私的な日記だ。火星到着後初のインタビューやブレ一家の印象を詳細に口述した。音声はソフトウエアによって即時に文字に変換され、ハードディスクに記憶された。  日誌を記録し終えると、ケイは次にインタビュー映像の編集に取り掛かった。カットする部分を選ぶのに苦労したが、意外に短時間で終わった。続いてすぐに放送機材のメンテナンスに取り掛かった。カメラやマイク、無線伝送装置をマニュアル通りにチェックし、故障がないことを確かめた。あすは農場の取材なので、バッテリーや記憶媒体を少し多めに用意しなければならない。  作業に集中していたので、どのくらい時間が経ったのか分からなかった。不思議なことに今日はいつもの偏頭痛もしない。よくよく考えてみると、火星に来てから頭痛が消えてしまったようだ。地球ではあれほど悩まされていたのに…。  突然コロニー居住者が「電話」と呼ぶ通信装置が、か弱い電子音を鳴らした。コロニー内のすべて居室は、光ファイバー通信網でつながっている。ケイはベッドから立ち上がり、ちょうど口の高さくらいにあるマイクに向かって「コバヤシです」と応えた。
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