5.スイート・ホーム・マーズ

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「工房にはそんな部品があるのかい」  火星の住人が工房と呼ぶ場所は、居住棟群の北にある作業棟のことだ。コロニーにしては珍しい二階建てで、併設されている倉庫も含めると、延べ床面積は居室の十数倍はある。地下の倉庫には、これまでコロニーに送り込まれた探査機や着陸機などをバラバラに分解した廃部品が、整然と保管されている。部品と一口に言っても、大人数人でなければ運べないような船体やハブの古い構造材から、電子機器の細かなチップ、大小様々のパイプ類、電線、ネジの一つ一つに至るまでを完璧にストックしてある。優秀なエンジニアたちが、これらの中から使える部品を組み合わせて、故障した機器を修理したり、新しい機械や家具を製作したりしているのだ。 「ビデオカメラ用の部品もたくさんありますよ」 「アダムは、工房にもよく行くの?」 「うん。機械いじりは大好きだよ。そういえば番組ではこのことを言い忘れちゃったですね」  アダムははにかんだように笑った。 「カメラの仕様書は、コンピューターに記憶させてあるから、興味があったら、後でアダムのコンピューターに送っておくよ」 「ありがとう。うれしいなあ」  アダムは、大喜びした。屈託のない笑顔は普通の九歳の男の子のものだった。 「ケイは、どちらのご出身?」  正面に座っていたディアナ・マディソンが話しかけてきた。ディアナは、心理学の専門家で、このコロニーではカウンセラーの役割を果たしている。彫りが深く、古代ギリシャ彫刻のような美形だ。青く澄んだ瞳が優しげにじっとこちらを見つめている。彼女とは初対面だったが、古くからの知り合いのような気持ちになった。 「カナダのカルガリーです」 「まあ、美しい街ですわね。いつごろまでカルガリーに?」 「高校卒業までです。そのあとニューヨークに移りました」 「ニューヨークに住んでいたら、カルガリーが恋しくなりません?」 「ええ。確かに」
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