5.スイート・ホーム・マーズ

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「まあ、それは間違いですわ。ジムが『火星に行きたい。付いてきてくれ』って頼んだんでしょう」 「最終的にはそうだが、火星行きに応募する話を最初に持ってきたのは、君だったじゃないか」 「だってそれは、大佐の勧めがあったから…」 「まったく、大佐も人が悪いな。ディアナをその気にさせることで、私まで火星行きに夢中にさせてしまったのだから」 「大佐って、あのシモンズ大佐ですか」  ケイは大佐というキーワードに反応し、思わず質問した。 「そうだよ。月面基地の危機を救ったあの英雄・シモンズ大佐だ。大佐は、私が駆け出しのパイロットだった頃の教官でね」  マディソンはそう言って、再び笑った。ケイは追従笑いをしながら、頭の中では、信頼できる政府高官から出発前に聞いたある言葉を反芻していた。 「宇宙のことなら、シモンズに聞けばいい。現在、過去、そして恐らく未来も、宇宙開発に関することなら表も裏も全て知り尽くしている男だ。専門的な知識は、半端な学者より豊富で、政府や宇宙関連企業のトップにも顔がきく。しかし、決して心を許してはいけない。彼は軍人の目でしか宇宙を見ていない。我々が描く火星の将来像と彼が目論む火星利用構想は、決定的に異なると考えて間違いない。彼がこれから宇宙に何を求めていくのか、私は考えることすら恐ろしいよ」  その高官は、ケイの火星行きを祝福してくれた数少ない友人の一人だ。こちらに来る前、いろいろ調べてみたが、その友人が言った通りシモンズには、「英雄」という表の顔とは裏腹の得体の知れない動きがあるのは確かだった。そのシモンズの直系が目の前にいる。ケイはマディソンに少なからぬ警戒心を抱いた。 「さあ、出来上がりましたよ」  サラがコーンスープの入ったセラミクス製の白い皿を手に、テーブルの方に歩いてきた。
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