5.スイート・ホーム・マーズ

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「今日は牛肉のステーキ。オクラホマ産だ。この前のエンタープライズが新鮮な冷凍肉を届けてくれたからな。冷凍肉が新鮮というのは、ちょっと変かな」  エプロン姿の的場誠一郎が、両手に皿を持って、やって来た。 「ケイ、初めまして」  的場は、皿をテーブルに置いたあと、右手を差し出した。 「博士、お会いできて光栄です」  その言葉は大げさではない。ケイが高校生の頃に熱中した本の著者が的場だった。宇宙の起源や遠い銀河系の恒星、太陽系の惑星の生い立ちなどを千ページにわたって詳細に解説したその本は、多感な高校生を虜にした。睡眠を忘れ、授業もそっちのけで、むさぼり読んだ。難解な宇宙物理学の理論も、的場にかかれば、まるで流行歌の歌詞のように平易になった。 「博士の『星たちの起源』は何度も読み返しました。火星にも持ってきました」 「それはうれしいね。今度サインをしてあげよう」  的場はおどけた表情でウインクした。ユージンやジムと違って、的場の体格は華奢だった。身長は百七十センチそこそこ。小柄な上、日系人にありがちな童顔のせいで、四十九歳という年齢よりも若く見える。ただ、黒髪や無精髭には若干白いものが混じっていた。的場博士に会うまでは、コロニーのナンバー3ということもあり、「切れ者の科学者」というイメージを勝手に抱いていたが、実物は随分違う。気さくに話すそぶりは、宇宙物理学の大家には見えない。大きめの黒い瞳は、好奇心旺盛な子供のような輝きを湛え、彼を一層若々しく見せていた。
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