5.スイート・ホーム・マーズ

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「我々は、このコロニーではオールド・タイプだよ」  エプロンを外し、席に着くなり、的場は言った。 「古いタイプですか…」 「そうだよ。かつての宇宙飛行士や我々のような古くからの火星コロニーの住人は、プロフェッショナルであるのと同時に、ゼネラリストでもあることも求められたが、今やコロニーには三十人のプロがいて、それぞれが専門分野を持っている。全員が全てを知る必要はなくなり、しっかりした分業制度の方がコロニーは円滑に運営されていくんだ。そして、ユージンやジム、そして私のような赤いつなぎを着ている人間は、自分の専門より、コロニーのマネジメントにより多くの時間を割かねばならなくなった。管理と称する日常的な瑣末な業務だよ。私自身にしても、専門を生かせる仕事といったら、二年ごとにやって来る宇宙船を受け入れ、軌道上にある数個の衛星を監視するだけだ」 「でも、それは極めて重要な仕事ではないですか?」 「その通りだ。しかし、我々にはもっと高いレベルの仕事もできる。それだけの能力がある」 「高いレベルというと…」 「例えば、火星から地球に向けてロケットを飛ばすことさ。だが、そのためには、たくさんの機材が要る。残念ながら、今の火星にそんな力はないがね」  言葉だけだと、かなり自嘲的だが、的場の表情や話しぶりは、さらりと明るかった。何だかんだ言っても、的場もユージン・ブレと同じだ。ここでの生活を楽しんでいる。
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