1.着陸

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 着陸地点からコロニーに向かうローバーに揺られながら、ケイは一年ほど前のことを思い出していた。 「嵐が収まるのを火星で待ってみるのはどうだ」  UNN(ユニバース・ニュース・ネットワーク)の報道局長室で、ニューエンダイク局長は静かに言った。照明が抑えられた室内で、局長は額縁に収まった肖像画のように威厳ある存在に見えた。 「私は君の能力を高く評価している。だが、今回の出来事は過去の実績を考慮しても、そのまま捨て置けない事態だ。普通なら国内の田舎か、重要なニュースが少ない海外の支局への異動で対処しなければならない。だが、それは局内外に左遷の印象を与える。そこで、火星通信員という選択になったのだ。悪い話じゃない」  局長は座り心地の良さそうな椅子に大柄な体を沈め、デスクの上に行儀よく両手を置いていた。まるで重要な判決を下す裁判官のような神妙さをたたえている。 「ご配慮には感謝しますが、私にとっては、暇な海外支局も火星通信員も同じように思えますがね…」  局長から呼び出しを受けた時、ケイは完全に自暴自棄になっていた。  その何カ月か前、紛争地域の取材で、反政府組織の幹部からニュースを得るために現地人をスパイに使った。しかし、そいつはダブル・スパイで、自分が苦労して探った政府側の動向がすべて敵側に筒抜けになった。  怒った政府当局は、ケイにスパイ容疑を掛け、何週間も拘束した。拷問と言ってもよい苦痛を伴う取り調べで、何度も殴られたり蹴られたりした。銃を突き付けられて、ありもしない罪を自白させられそうにもなった。  UNNと国の奔走で、何とか釈放はされたが、即刻帰国を命じられ、国と会社による執拗な事情聴取のあと、二カ月間、自宅で謹慎を命じられた。自省と憤懣に満ちたそのモラトリアムを経て、ケイは仕事にも人生にもすっかり嫌気がさしていた。
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