5.スイート・ホーム・マーズ

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 火星の農場で採れたサニーレタスやカイワレダイコンなどのサラダも瑞々しかった。トマトには、生命や土の香りがした。デザートのメロンとイチゴも、甘さが十分あり、生のビタミン成分が体に染み込むような感覚が味わえた。 「この食堂と農場をつなぐ作業には随分と苦労したのだよ」  ブレ博士が説明した。野菜や果物を生産する農場とこの食堂は、直径一・五メートルの金属シャフトでつながっている。エアドームの農場は厳密に気圧調整しなければならないので、通路でつながっているものの、人の出入り口は二重のエアロックで隔てられている。採れた食材を、二つのエアロックからドームの外に持ち出すのは、面倒なので、両端に簡易エアロック装置のついたシャフトで農場と食堂をつなぎ、その中を輸送用のロボットが動く仕組みを作ったのだ。 「このような設備を設置するために、エンタープライズの貨物スペースを使うことには絶対にならない。そこで活躍したのが、我らの優秀なエンジニアたちさ。彼らは、マーズ・フェニックス以前の時代の古い居住棟を分解し、合金製の構造材を片っ端から組み合わせて、全長二十メートルに及ぶシャフトと小型エアロックのパッケージを完成させたんだ。これを造ることがどんなに大変なことかは、NASAの連中には分からないだろうなあ」 「そのおかげで、こうして新鮮な野菜やデザートを味わえる」 「そう、その通りだよ。二つのエアロックを経由して、人の手で作物を運んでくることも、もちろん可能だが、二度のエアロック通過には結構な時間と手間とエネルギーがかかってしまう。食べかすや残飯を農場に戻して酸化処理する際にもこいつは役立つ」 「輸送用ロボットというのは?」 「便宜上ロボットと呼んでいるが、少し賢い模型電車と言った方がいいかもしれない。あす農場で見てもらえたら一目瞭然なのだが、ドーム内には鉄道の線路のような軌道が縦横に走っていて、その上を走っているのが輸送用ロボットだ。全部で三台あって、それぞれ縦横五十センチほどの箱型だ。電動モーターで自走する。収穫した作物をその箱に詰めて、スイッチを押すと、食堂まで運んでくれる訳さ。逆に、残渣物は農場に送り返して、肥料にする。エアロックでの減圧、加圧の作業も自動でこなす。幾重にも安全機能をプログラミングしているので、見た目以上に賢い模型列車なのだよ」
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