6.農場

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 農場には暖かい光が満ち溢れていた。それも人工照明ではない、正真正銘の太陽の光だ。ドームの皮膜が太陽光を乱反射しているせいで、室内はかなりまぶしい。窓のないハブで生活していると、太陽光を直接感じられるだけで、ケイには生命力が漲ってくる感覚があった。  内部に一歩足を踏み入れ、ケイは目を細めながら全体を見回し、ドームの空気を胸いっぱいに吸い込んだ。  火星の住人が「農場」と呼ぶエアドームは底面が楕円形で、その長径は百㍍を超す。単体としては火星最大の人工建造物だ。  まず目に入ってくるのは、農作物の栽培棚で、作物ごとに分かれた十数列の金属棚が整然と並び、どれも緑色の葉がいっぱいに繁り、生命感に満ち溢れていた。農場では、全ての作物が栄養分を含んだ溶液を根の部分に流す水耕栽培で育てている。トマトの苗は、金属性の支柱に巻きついて人の背丈よりも高く伸びている。イチゴとかレタスなどの葉もの野菜は、スチロール製の白い栽培棚の上にへばり付くように生えていた。  栽培棚の近くの空中には、収穫物を食堂まで運ぶための 「模型列車」のレールが、おもちゃのジェットコースターのように縦横に走っていた。空調の重低音がかすかにした。作物の匂いがなければ、農場というより、清潔な工場といったたたずまいだった。
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