6.農場

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 空気からは植物の葉や果物の香りがほのかにした。ケイは思い切り深呼吸をした。こんなに深々と空気を吸ったのは久々のことだ。  天井が思い切り高く、星が二つも三つもつく高級ホテルのロビーのように感じられる。気温は二十度前後で、湿度は居住区より高めに設定されていた。Tシャツ一枚でちょうど良いくらいの環境だ。一言で表現するなら「心地良い」空間がそこにあった。 「やあ、ケイ。ここに入ると、まずは深呼吸をしたくなるだろう」  ユージン・ブレ博士が笑顔で歩み寄ってきた。 「そうですね。いくら空調が完璧でも、狭いハブは息が詰まります。このドームは本当に気持ちが良い。子供の頃に行った植物園を思い出しました」 「みんなそう言うよ。確かにここは素晴らしい。ただ、危険もある。ここでは、これを着けなければいけない」  そう言ってブレ博士は、小さなバッジをケイに手渡した。 「宇宙放射線カウンターだ」  宇宙放射線は太陽フレアや超新星爆発などで放出される高エネルギー重粒子だ。宇宙空間を超高速で飛び交っている鉄や炭素の原子核が主で、もし大量に体内を通過した場合には、DNAの二重らせん構造を損傷して、ガンや白血病など厄介な病気を引き起こす危険性が増す。地球だと、磁気帯や分厚い大気が大半を遮ってくれるが、火星は地球のバン・アレン帯のような磁気システムがない上、大気が希薄だ。しかもその中に水素分子をほとんど持たないため、宇宙放射線がほとんどそのまま地表に降り注ぐ。地球だと、年間の被曝量は四マイクロシーベルト以下、原子力発電所に勤務する人間ですら、年間許容量は五ミリシーベルト以下だが、この星で何も対策をとらないと、被曝量は年間七〇ミリシーベルトにも達する。コロニーの居住棟部分は、表土と水を組み合わせたシールドで、大部分を遮断しているが、農場は太陽光を直接取り込まなければならないので、被曝量は多くなる。
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