7.農場長ペドロ・クリベーラ博士

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7.農場長ペドロ・クリベーラ博士

「やあ、君がケイ・コバヤシ君かね」  ブレ博士の後ろから太身の中年男性が歩いてきた。黄色のつなぎを着ているMS(ミッション・スペシャリスト)だ。人の良さそうなその男は、つなぎを上半身だけ脱ぎ、袖を腰の辺りで結わえている。上は白いTシャツ姿だ。火星にビールはないが、ビール腹としか表現のしようのない腹が、結えたつなぎの袖の上に乗っていた。 「ケイ、紹介するよ。農場責任者のペドロ・クリベーラ博士だ」 「よろしくお願いします。クリベーラ博士」  ケイは右手を差し出した。博士は太く短い指と褐色の分厚い掌でがっちりと握り返してきた。身長は百七十センチ程度だろう。白いものが混じる黒髪は、額の辺りがかなり禿げ上がっていた。 「おいおい、博士はやめてくれよ。ペドロと呼んでくれないか」  クリベーラ博士は、はにかんだように言った。言葉には南米系のなまりがある。素朴な人柄が伺える話しぶりだった。 「分かりました。では、私のこともケイと呼んでいただけますか」 「オーケー、ケイ。ところで、今日は、農場からの生中継かね」 「生ではありませんが、今日の取材の内容をあらかじめ地球に送っておいて、それを組み合わせて、明日の昼、地球では夜ですが、の放送で使う予定です」 「それは張り切らないといけないな。母国・ブラジルでは、まだ父、母ともに健在だ。兄弟、姉妹も七人いる。火星に行ったきり、六年も帰ってこない親不孝息子の雄姿を見せてやらないと」 「番組はもちろんブラジルにも放送されます。ブラジルは今や宇宙大国ですからね。国民の関心がとても高いのです。ペドロの影響が大きいのではないですか」 「そうだとうれしいね。母国の子供たちに夢を与えられたとしたら、はるばる火星まで来た甲斐があったというものだよ」
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