7.農場長ペドロ・クリベーラ博士

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 ケイはあらかじめ想定しておいた場所に三脚を置き、その上にセットしたカメラのアングルを調整した。自分とペドロが立つ位置の背後には、高さ二メートルほどのリンゴの幼木が生えていた。このドームで唯一の樹木だ。 「それでは、ペドロ。始めたいと思いますが、いいですか?」  ペドロはつなぎをきちんと着なおして、幾分、かしこまった様子だった。 「ああ、いいよ。いつでも始めてくれ」 「それでは」―。  ケイは手に持ったマイクに向かって「農場テイク1。録画開始」とつぶやいた。音声に反応したビデオカメラのレンズの上にある小さなランプが赤く灯った。 「マーズ・フロンティアに住む人達が農場と呼んでいる農業生産ドームには、火星で唯一の樹木があります。このリンゴの木は、農場が造られた時、コロニーの未来に向けた夢の象徴として植えられました。ここのみなさんは、これを『希望の木』と呼んでいます。今日はここからレポートを始めたいと思います。私の隣にいるのは、農場の責任者、ペドロ・クリベーラ博士です。クリベーラ博士、よろしくお願いします」 「よろしく、ケイ」  ペドロが頷いた。 「まずは、この農場の構造から教えて下さい」 「ここは一見すると、ちょっと大きなガラス温室くらいにしか見えませんが、その中身は極めて高度な技術で管理された特殊な空間です。上から見ると楕円形をしていて、床面積はおよそ一ヘクタールです。長径はおよそ百五メートル、高さは最も高い部分が二十五メートルあります。内部の空気圧によって、ちょうど風船が膨らんだような状態で構造を維持しています。作物生産エリアのほかに、環境を制御するための機械棟が併設されています。この機械棟にある数十種類の機器類が、酸素、二酸化炭素、窒素などの空気成分のほか、ドーム内の温度、湿度を制御しています。天井部分の皮膜は、火星産のポリエステルで出来ていますが、強度が極めて高い特殊な構造になっています。拳銃で撃った程度では穴を空けることはできません。また、冬期間や砂嵐の際には、極端に太陽光が減りますので、そうした状況下でも光合成ができるように、太陽代わりのランプも装備しています」 「では、農場を案内していただけますか」  ペドロは、この質問に事前の打ち合わせ通りに答えた。 「分かりました。こちらへ」  ペドロがドームの奥の方を指した所で、ケイはマイクに向かって言った。
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