7.農場長ペドロ・クリベーラ博士

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「閉鎖的な施設の内部環境にとって最低限必要なのは、酸素と二酸化炭素の濃度を安定的に保つことです。大気に酸素をほとんど持たない火星や月では、酸素は人工的に供給するしかありません。ここでは、エネルギー源となるメタンやエチレンを、火星大気の二酸化炭素から化学的に作り出す過程で、たくさんの酸素を生成し、利用しています。植物の光合成でも酸素は生まれますが、この程度の植物量だと、その量は極めて微量です。 地球での実験「バイオスフェア2」では、土壌にいた微生物の活動によって、予想以上に酸素濃度が減少しました。この農場は、一種の無菌室ですので、その心配はありません。作業する人間と植物の呼吸に必要な酸素を適切に供給してあげたら良いのです。一方、「バイオスフェア」では、構造材のコンクリートが大量の二酸化炭素を吸収したため、ドーム内の二酸化炭素濃度が下がり続け、光合成のできない植物が次々と枯れていくという問題も起こりました。火星の場合、この解決法は、比較的容易です。幸か不幸か、この火星には、二酸化炭素は大気中に有り余るほど存在します。それをドーム内に適量取り込んでやればいいのです。そこで重要になってくるのは」  ペドロはここで、ドームの壁面を指差した。 「あれです」  指の先には、直径が二メートル以上ある大型のプロペラがあった。それが一定間隔で五つ並んでいた。 「大事なのは空気の対流です。あれでドーム内の空気を攪拌します。要するに風を起こすのです。風には別の効果もあります。植物の生長には適度な物理的な刺激が大切です。無風状態の中では、植物はか弱くなってしまいます。あの扇風機で風を起こすことで、ドーム内の大気制御はよりスムーズになったし、作物の生産量も安定したのです。ケイは『麦なで』という言葉を知っていますか」 「麦なで、ですか」
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