7.農場長ペドロ・クリベーラ博士

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「小麦がある程度生長したら、棒のようなもので、茎を強めになでてやるのです。何故かは詳しく分かっていませんが、そうすると、茎が逞しくなって、倒れにくくなるのです。ここで風を起こすのも、それに似た考え方かもしれません」  ペドロはそう言って、トマトの葉をうれしそうにさすった。まるで幼い子供をいとおしむような触れ方だった。 「希望の木について伺いたいのですが」。  ケイ質問を変えた。ペドロは顔を上げ、「希望の木」に目をやった。そして、一段と自信に満ちた表情で語り始めた。 「この木は、あらゆる意味で、このコロニーの希望です。短いサイクルで世代交代する野菜や果物と違って、樹木は長い期間、生長し続けます。それは、まるで、このコロニーの未来を暗示しているとは思いませんか。ここに住む人は、この木の生長を眺めながら、将来へと途切れることなく続いていくコロニーの発展に思いを馳せることができるのです。さらに、現実的な面でも、あの木はコロニーの希望を担っています。木の根元を良くみて下さい。希望の木は、溶液ではなく、土で育っているのです」  言われるまま根元付近にカメラを向けた。確かに、根は土から生えている。 「厳密に言うと、土だけではありません。土中には一定程度の水や養分を蓄えられるような特殊な粉末が仕込んであります。地球の東洋には納豆という食品がありますが、納豆はかきまぜると糸を引きます。その糸の成分を抽出した特殊な粉末です。これの優れたところは、自重の何百倍もの水分を吸収することができる点です。火星の土は、単体だと植物を育てられるような代物ではありません。まず、保水性が全くなく、カラカラです。さらに、窒素、リン、カリウムのような栄養分を、植物が吸収できるような形に変えてくれる微生物が全くいません。元素としては存在していても、それだけで植物は育てないのです。しかし、そのままでは使えなくても、培土の一要素にはなれます。我々は、火星の土の一部と食物残渣物を湿式酸化処理して得られた固形栄養物、それに先ほどの納豆粉末をいろいろ配合して、『土に似たもの』を作りました。今はまだ試行錯誤の段階で、木の生長は不安定です。でも、少しずつ大きくなっています」  ケイはペドロの説明に聞き入った。
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