9.ポールとクリフ

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 インスタントコーヒーを二つのマグカップに開け、水を入れてかき混ぜたあと、レンジで温めた。ポールはその間、何も喋らず、じっとベッドに腰掛けていた。 「火星コロニーの住み心地はどうだい」  ケイは温めたコーヒーをすすりながら聞いた。 「あ、うん。まあ、想像していたよりは快適だけど、やはり不便は多いよね。エンタープライズよりは格段にマシだけど…」  ポールは両手でマグカップを持ち、それを見つめながらポツリと言った。 「どうした。元気がないじゃないか。そんな様子じゃ、楽しい火星ツアーを企画できないぞ」 「実は、それなんだが」  ポールは思いつめたような顔つきをした。ケイの五感がニュースの兆候を感じ取った。コーヒーをすすりながら、ポールが話し始めるのを待った。 「昨日、本社から連絡があった。次のマーズ・エンタープライズで、ツアー客が二人送り込まれてくることが正式に決まったらしいんだ」 「次の便ってことは、二カ月後に出発するエンタープライズだろ。予定になかったじゃないか。出発前訓練が間に合わないだろう」 「一人はアメリカ人の大富豪の御曹司で、歳は三十歳。五年前に火星ツアーを募集した時、真っ先に申し込んできたうちの一人で、優先順位は一位。もう何度も月に行っているので、三週間ほど訓練を受ければ、いつでも出発できる。もう一人はブラジル人の四十三歳。こいつもかなりの大金持ちで、優先順位は二位。訓練には一カ月前から入っているらしいよ」 「でも、ツアーの中身は決まっていないんだろう。それを企画するために、君が火星に来たんだから」 「待ち切れない二人は旅行代金の千五百万ドルを早々に払い込んだらしい。本社は三千万ドルに目がくらんだのさ。完全な見切り発車だ」 「コロニーだって受け入れ態勢は整っていないだろう」
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