9.ポールとクリフ

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 ポールは冷めてしまったインスタントコーヒーをちびちびとすすった。  その様子を見て、ケイはポールに同情した。火星までの約半年の航海で、ポールは精神面に少なからぬダメージを負った。宇宙船という閉鎖空間では、任務に対するプレッシャーや人間関係のストレスが原因で、心の病に陥るケースが珍しくない。半年以上を掛けてやっと火星に辿り着いても、すぐ次の便で地球に戻った人間がこれまでにも何人かいた。  ポールの場合は、月面基地を何度も往復していたので、その心配はないと考えられていたが、火星までの長い旅は重圧が段違いだったようだ。地球から月までの飛行時間は長くて数日、月面コロニー滞在はせいぜい数週間で済む。しかし、火星への旅は、遥かに長い上、航海の危険も月とは比較にならない。ポールは火星への旅が半ばを過ぎた頃から、躁鬱の傾向が強くなり、到着直前には誰ともほとんど話をしない自閉的症状に陥った。火星に着いてから、治療薬の効果もあって本来の明るさを少し取り戻しかけていたのに、突然、今回の話だ。混乱は大きいに違いない。不安を打ち消すように、ポールは喋り始めた。 「火星開発機構は、とにかく金をかき集めたいんだよ。マーズ・フロンティアには、これまで天文学的な金がつぎ込まれてきた。本部はそろそろ、その元を取り返そうとしている。国の予算で科学者を送り込むより、金払いのいい民間人を宇宙船に乗せた方が、持ち出しは少なくて済むし、宣伝になるからね。エンタープライズを一往復させるだけで、小さな国の国家予算を上回る費用がかかる。議会を説得するのは年々難しくなっている。でも、金欠病の宇宙セクションに救いの手を差し伸べようとしている金持ちは確かにいる。五年前の火星ツアー募集だって、うちの会社単独でできる訳がない。ちゃんと本部の上層部で話はついているのさ」
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