9.ポールとクリフ

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「僕がここに来るために、UNNは一千万ドル以上を積んだよ」 「そう、しっかりと金を払ってくれる民間計画を優先させることで、運用費用の持ち出しを減らし、『金食い虫』という世論の追及をかわそうとしているんだ」 「でも、オリンポス・コロニーだって、企業が参加にしのぎを削っているじゃないか。その計画が遅れたんじゃ元も子もないだろう」 「オリンポスの金属コンビナートは、産業界でも実現性に懐疑的な見方が多い。たとえモノになったとしても、経済的には元が取れないってね。チタン精錬で一発当てた月面基地とは訳が違う。火星は製品を運ぶコストが何百倍だからね。だから、オリンポス計画がたとえ一、二年遅れたって、たいして影響はないさ。科学的実験くらいにしか捉えられていない。どうせ本気ではないんだ。本部が欲しいのは、次のエンタープライズを飛ばす目先の金なんだ」  ポールは火星開発を経済事業と割り切っている。だが、ポールのような考え方が、今の政府や宇宙開発部門の役人、研究者の間に広がっているのは事実だ。独自の発展を遂げた月は別として、こと火星に関しては、宇宙船運用の費用をどうやって民間企業から調達できるか―それが組織の管理職や研究者の手腕と評価される時代になっているのだ。逆に言えば、資金が調達できないプロジェクトは、たとえ重要な意味があっても採用されない。  ポールが明かした情報は、その日のうちにコロニーの隅々にまで広がった。子供三人を含む三十八人のコロニー居住者たちは、出身国や民族、宗教の違いこそあれ、地球から遠く離れた火星で暮らしているので、何か問題が起こると家族のように結束する。  公会堂には昼前から、一人、二人と住人たちが集まってきた。 「どうして、チャーリーを降ろすという判断になるんだ。次の便まで二年待たなきゃならん。それまでオリンポスの工場をストップしていいのか。スケジュールはビッシリ詰まっている。この二年の足踏みは、十年にも相当するぞ」  怒り心頭に発しているのは、クリフ・リチャーズだ。
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