9.ポールとクリフ

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 リチャーズは、オリンポスのコロニーで、鉄やアルミニウム、チタンなどの合金を製造する工場を立ち上げるためにやって来た。所属している会社は、資本金がアメリカの中規模都市の一般会計くらいある巨大な複合企業だ。十年ほど前には、アジアの企業と合弁で月面にチタン合金製造プラントを建設し、中くらいの国の年間予算を上回る利潤を上げた。火星でも金属加工分野に先鞭をつけ、火星開発という史上最大の公共事業の先鞭を切りたいと考えている。その先陣として派遣されたのが、月面工場のスーパーバイザーも務めた経験があるリチャーズだった。 「本社の連中は一体何をやってる。のんびりしていたら、いつまで経っても工場は稼動しない。ここは地球とは違うんだ」 「最近の開発機構本部は、開発派と観光派に分かれているからな」  リチャーズと話しているのは、クリフォード・マグガイバーだった。 「クリフ、考えみろよ。観光は設備投資がいらない。特に、この星にはな。来るだけで珍しいものだらけだ。手っ取り早く金持ちからツアー料金が取れる。世間の受けもいい」 「だが、オリンポス・コロニーの建設費の大半はうちの会社が出すんだぞ」 「でも、それは現物支給だ。確か、エンタープライズの運賃は、現地の設備で相殺という契約だっただろう。本部のお財布係は、観光客を二人乗せることで、燃料代を確保したかったんじゃないか。民間利用法案が通過してから、研究活動の優先順位は下がる一方だ。火星での金属製造は、まだ研究の領域を出ていないという判断なんだろう」
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