9.ポールとクリフ

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「それは素晴らしい発想だが、経済的に成立するだろうか。月と地球の間でさえ、輸送には莫大なコストがかかるんだぜ」 「五世紀も前に、マゼランは、たった九〇トンしかない木造船ヴィクトリア号で世界一周を達成した。当時とすれば、それは世界最高の冒険であり、快挙だった。だが、彼はその時、いつか自分の船の何千倍もある大きな鉄の船が、人でなく、ものを運ぶ目的で建造されて、石油という資源を世界中に輸送する時代が来ると思ったか? 想像さえしなかっただろう。たとえ、実現しようとしても、あの時代じゃ、世界中の富と技術を結集しても、タンカー一隻すら造れなかった。しかし、現実には、その何百年か後には、巨大なタンカーが、何百、何千隻も建造され、『産業の血液』と言われた石油を世界の隅々まで運んだ世紀がやってきた。そのコストは充分に賄われただろう。それどころか、マゼランの時代には考えられない莫大な利益を生み出し、その結果、社会全体が豊かになったじゃないか。時代と社会が変われば、コストの見方は全く違ったものになるんだよ。火星と地球の交易を本格的に考え始めたら、地球の経済構造は根底から変わる。この星には、富を再生産できるだけの資源がある。ただ、その交易システムを起動するには、地球からかなりの量の機械設備や人間を送り込まなければならない。その呼び水さえちゃんとしてやれば、あとは火星が何とかする。だが、それは地球にまだ余力が残っている今のうちに取り組まなければなければならない。あと何十年か経って、地球が完全に行き詰ってからでは遅いんだよ。今ケチったら、チャンスは永遠に来ない。俺はだから、今ここにいる」  リチャーズは一気にまくし立てたあと、深いため息をついた。 「個人的には、今の話を信じたい。だが、そこまで考えている奴が、何人いるだろうか? 大多数でないことは確かだな」
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