9.ポールとクリフ

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「そして、もう一つ、大航海時代より有利なことがある。地球だと、鉄の船で海を越えて物資を運ばなければならないだろう。そのためには油が必要だった。しかし、火星と地球の間には何がある? 海じゃない、無重力の宇宙空間だ。重い荷物を星の軌道に上げるのにはそれなりのエネルギーが必要だが、地球に比べれば三分の一で済む。早い話、ここに地球と同じ施設と機材があったとしたら、地球の一回分の打ち上げコストで、三倍の質量を軌道に上げられるということさ。一旦軌道から離れてしまえば、海と違って巨大な船でも驚くほど小さなエネルギーで前に進む。月面基地からチタンを運ぶ船だって、地球の常識では考えられない大きさじゃないか。火星が遠くて、運搬コストが高いなら、その何倍、何十倍の船を造って、一度にたくさん運べばいいんだ。そのためには、火星でも、月と同じかそれ以上の金属加工ができるような工業化実現しなければならない。コロニー・オリンポスは、その基礎の基礎だ。一刻も早く完成させる必要がある。それが、本部や会社の連中には分からないのだろうか」  リチャーズは悔し紛れに、自分の膝の辺りを叩いた。クリフォードは腕を組んで、真剣に話を聞いていた。 「助手が来なければ、工場は稼動させられないのか、クリフ」 「しばらくの間なら、問題はない。最初は実験程度のことしかできないからな。でも、エンタープライズ2が資材を届け、工場を組み立てた後となると、話は別だ。チャーリーがいないと、工場を動かしていくのに、いろいろと支障が生じる」 「コロニーにも金属に詳しいMS(ミッション・スペシャリスト)は何人かいるぜ、そいつに代役を頼めないのか」 「火星のMSが優秀なのはもちろん分かっている。だが、クリフォード、気を悪くしないで聞いてくれ。オリンポスでの工場建設は、うちの会社にとっては純粋な経済事業なんだ。会社のお偉方は、そのノウハウが外部に流出することを、極端に恐れている」
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