2.ユージン・ブレ博士

2/10
42人が本棚に入れています
本棚に追加
/295ページ
「それでは、マーズ・フロンティアの司令官、ユージン・ブレ博士にお話を聞きたいと思います。ブレ博士、よろしくお願いします」  火星最初のコロニー、マーズ・フロンティアは、赤道の北側(北緯一四度、東経一五五度付近)に位置するケルベロス平原のほぼ中央部に貼り付いている。ケルベロスはギリシャ神話に登場する。三つの首と蛇の尾とたてがみを持つ地獄の門の番犬の名だ。しかし、ケルベロスの平原は、神話のイメージのように恐ろしい場所ではない。むしろ火星では最も穏やかな地域に属し、夏には気温が摂氏でプラスに上がることもある。  インタビューの場所は、コロニーのほぼ中央に位置する「公会堂」と呼ばれる公共スペースに設けた。マーズ・フロンティアは、宇宙船が居住棟(ハブ)を地球から運んでくる度に増改築を繰り返してきた。今では俯瞰すると葡萄の房のような形状に発展している。その真ん中にあるのが公会堂だ。コロニー建設の端材でこしらえた粗末な椅子とテーブルが数セットあるだけで、二十人も入ればいっぱいになるほどの空間だが、居住者はいつでも自由に集まり、愚痴をこぼしたり、愛を語ったりできる。アルコールも自由で、一種のラウンジとしても活用されている。  内壁はアルミニウムやチタンの合金がむき出しで、余計な装飾物は一切見当たらない。ひと言で表現すれば、かなり殺風景な部屋と言える。唯一の装飾は大きな地球の写真と居住者のスナップが貼られている掲示板だけ。しかし、ケイはコロニーに着いてすぐ、この部屋に入って何かしらの温かさを感じた。それは、スナップ写真に映し出された居住者の笑顔のせいかもしれなかったし、真っ黒な宇宙空間に浮かぶ地球の写真がもたらす郷愁が理由なのかもしれない。その時、最初のインタビューはこの場所でやろうと思った。
/295ページ

最初のコメントを投稿しよう!