11.帰還船カール

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 居住棟群から数百メートル離れた地点では、液体の酸素、水素、メタン、エチレン、そして水などの貯蔵槽が並んでいる一帯を通った。タンクはそれぞれ全長が二十メートルほどあり、半分以上が地中に埋まっている。巨大なタンクが整然と並んだ姿は、荒涼とした戦場の墓場のようだった。水以外の物質は、液体を保つには温度と圧力を厳密に調整しなければならない。頑丈な造りが必要なるため、外殻には月から持ってきたチタン合金を使用している。数百トンに及ぶ水は火星で作ったポリエチレンで無造作に貯蔵されていた。  タンク群の付近には、それぞれが小さな家ほどもある化学・機械棟が建っている。一つには二酸化炭素と水素を連続反応させて、酸素やメタン、エチレンを連続生成する複雑な化学装置が収められている。もう一つは、タンクを極低温に保つための冷凍機だ。この建物も居住棟と同じく表面の大部分が赤い土で覆われているが、化学棟の方からは、楽器のユーホニウムのような形をした数本の吸気口が突き出ていた。大気中の二酸化炭素を取り込むためだ。周囲には円柱を半分に切ったハーフパイプ状の多結晶シリコン型太陽電池が何十セットにもわたって南向きに整列していた。陽光にキラキラ輝く様は、まるで海原のようだった。  建物裏手の小高い丘の上には、直径十数メートルはあるだろう巨大なパラボラアンテナが北西向きに五基並んでいた。核融合発電施設や軌道上の発電衛星から届くマイクロ波や赤外線レーザーを受け取る設備だ。このエネルギーで水を分解して直接水素と酸素を発生させ、一部を液体にしてタンクに貯蔵、残りは発電用のガスタービンを回すのに使っている。火星のような低温、低圧の環境下でも、水素、酸素、メタンなどを液体で保つためには、タンクの冷却にかなりの電力が要る。
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