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ブレ博士は首を左右に振った。
「悪いが、今はまだ言えない。だが、ひとつだけ言えることがある。やられっ放しではいないということだ。マーズ・フロンティアの総力を挙げて、対抗策を取る。これからその下地作りを始める。こんなことをジャーナリストにお願いするのは無駄かもしれないのだが…」
このような話の展開は何度も経験がある。次の言葉は容易に予想できた。
「しばらくの間、今の話はオフレコにしてくれないか。下地作りは極めて繊細で壊れやすい。その…日本の言葉でいい表現があったが…」
「根回し、ですね」
「そう、その根回しをしっかりやって、中国が情報戦で勝利したように、こちらも彼らに尻尾をつかまれないようにしないと。決定までには時間が必要だ」
「でも、その時間はたくさんはありませんね」
ブレ博士は自分に言い聞かせるように頷いた。
「中国は来年の元日に一発目のロケットを打ち上げる。ロケットを打ち上げてしまえば、それ以降の計画は変更できない。六発のロケットを全部打ち上げたあとに、今度はこっちが大きな花火を打ち上げるというのはどうだい?」
取引というよりは、命令に近い。
記者の本能としては、この取引を飲むことに抵抗はある。だが、漠然とした今の話だけで、決定的なスクープ記事が構成できないのも事実だった。話を膨らませても、せいぜい中途半端な観測記事に止まる。そんな記事で、ブレ博士が考えている作戦を妨害する気にはなれなかった。
「分かりました。博士の起死回生の一策を楽しみにしていますよ」
ブレ博士は頬を緩めた。
「楽しみにしてくれて大いに結構だ。ケイへのボーナスはきちんと用意しておくから心配しないでくれ」
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