14.辞令

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 ブレ博士の言葉を聞いた瞬間、ケイは体中にアドレナリンが吹き出すのを感じた。火星行きが決まったと聞かされた局長室では、そんなことはなかった。眩暈のような軽い陶酔感が爪先まで広がり、口の中が渇いてくるのが分かった。 「俺が…」 「そうだ。君も良く分かっていると思うが、オリンポスでのコロニー建設には、私たちがこの星で発展し続けられるかどうかがかかっている。ここで中国に負けたら、火星の主導権は彼らに移る。我々はここを去るか、彼らの支配下で細々と生き延びるしかなくなるだろう。しかし、ここで我々の力を見せることができたら、コロニーを維持し、大きく発展させられるかもしれない。そこで大事なのは我々の戦いを地球にしっかりと伝えることだ。それはジャーナリストの君の仕事なんだよ」 「しかし、ニュースは常にいいことばかりとは限りません」  そう言いながら、ケイはこの誘惑を拒否できないだろうと感じていた。ここにいてもニュースの素材には事欠かないが、これから建設するコロニーの最前線に身を置くのとでは、情報の質に格段の差がある。 「だからこそ行って欲しいのだ。君に行って欲しい理由は二つある。一つは今言ったね。オリンポスでの戦いを報道という形で発信し、地球での関心を高めて欲しいということ。そして、もう一つも火星コロニーの将来にとって重要なことだ。ケイがニュースを送れば送るほど、マディソンも、彼の背後にいるシモンズも勝手なことはしづらくなる。マディソンは知っての通り、とても優秀だし本質的に悪人ではない。しかし、彼の属する組織や人脈にとらわれた動きをする時、秘密主義で独善的になる傾向がある。彼に最も必要なのは、彼が最も不得手としている情報公開なのだよ。それさえ担保できていれば、彼の能力は非常に魅力的だ。私は彼を危険人物としてではなく、そのような有能な人材としてオリンポスに送り込みたい。彼を風通しのいい状態に置いておくためには、君の力が要る。当然のことだが、ジムは息のかかった技術者をメンバーに加えて欲しがった。ケイを入れたいと言ったら、猛然と反対したよ。だが、私は押し通した」
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