15.発表前日

1/5
前へ
/295ページ
次へ

15.発表前日

 オリンポス行きが決まってから、ケイは一層忙しくなった。スクープ送稿にはまだストップがかかっていたが、発表に備えた取材、編集に加え、異動のための個人的な準備にも多くの時間が割かれるようになったからだ。 「オリンポス部隊はたった十人しかいない。取材記者と言っても、特別扱いはしない。新しいコロニーの構成員の一人として、それなりの役割を果たしてもらう」  オリンポス・コロニーの責任者に内定したジム・マディソンがケイに掛ける言葉には若干の棘があった。ブレ博士が説明したように、ケイのオリンポス行きを歓迎していないのは明らかだ。ケイは「部隊」という表現にもひっかかりを感じたが、マディソンが新たな冒険、任務に高揚しているのは充分に伝わってきた。 「君に工場を作れとは言わないが、ハブや生命維持装置のメンテナンスのようなルーティーン作業は、他のメンバーと同じ役割を担ってもらうぞ」  それからは、マディソンやクリフォードを教師に、化学や機械工学を学ぶのが日課となった。火星大気の大部分を占める二酸化炭素と水素を反応させて水やメタン、酸素を生み出す装置や居住スペースの空気から二酸化炭素を取り除く機械の構造、太陽電池や燃料電池の修理法、酸化チタンナノチューブを触媒にした水素発生装置の特徴などなど。コロニーを支えているのは、さまざまなハイテク部品で、そのうちのどれか一つが機能不全を起こすだけでも、中の人間はたちまち危険に陥る。出発までの二カ月で覚えることは山ほどあった。朝早くから夜遅くまで、時には自室から一歩も外に出ずに、理化学の理論を勉強した日もあった。
/295ページ

最初のコメントを投稿しよう!

42人が本棚に入れています
本棚に追加