15.発表前日

3/5
前へ
/295ページ
次へ
「準備は順調に進んでいるようだね」 「ええ。さっきレポートを地球に送ってきたところです。これで仕事としては一段落だけど、個人的にはまだまだ準備不足です。特にここが…」  ケイはそう言って、自分のこめかみ辺りを指差した。ペドロは口元を緩ませ、小さく頷いた。 「焦ることはないさ。ここにいるのはサイエンスやエンジニアリングの世界でトップクラスの優秀な連中ばかりだ。彼らの知識の一端に触れるだけでも、きついさ。でも、ケイ。こんな毎日は、例えようもなく楽しいだろう。明日からクリスマス休暇に入る前の小学生のようにワクワクした気分じゃないかね。ケイは本質的にそういう人間だと、私は見ているんだが」  火星に来るまで、ケイは自分の今回の赴任を左遷ととらえていた。苦労して送ったリポートでも視聴率は上がらず、最初の頃は幾分、投げやりな仕事ぶりだったかもしれない。だが、そんなケイをペドロはしっかり見ていてくれたのだ。 「確かに、その通りです」  ケイは素直に答えた。 「火星行きを伝えられたときの気持ちを表すと『落胆』と『怒り』でした。辞令をもらったあとも、世捨て人のようにやけっぱちになっていました。でも、火星に来て、コロニーのみんなと暮らすうちに…」  ペドロは俺の肩をポンポンと叩いた。 「分かっているよ。ケイが自ら希望して火星に来たのではなかったことを。だが、私の見る限り、君は好奇心の塊だ。どんなに気持ちが沈んでいようと、目の前に興味を引くものがあったら、その好奇心を抑えることができない」  ペドロの性格分析に、ケイは苦笑した。 「恐らく、それが優秀な記者に求められる基本的な資質なんだろうな」
/295ページ

最初のコメントを投稿しよう!

42人が本棚に入れています
本棚に追加