5.スイート・ホーム・マーズ

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5.スイート・ホーム・マーズ

 マーズ・フロンティア滞在中、ケイ・コバヤシに割り当てられた居室には「V―3」のプレートがかかっていた。「V」は「Visitor」の頭文字で、火星開発のへの民間参入を促進する法案が各国で可決されたあと、新たに設けられた五室のうちの一室。ケイはブレ一家のインタビューを収録し終えた後、小一時間ほどかけて機材を撤収し、自室に戻ってきた。  ハブには、化学ユニットから酸素、窒素、ヘリウムを主成分とした混合空気が送り込まれている。地球の大気は窒素が大部分を占めているが、血中に窒素が多いと、与圧服を着用して野外で活動する際の減圧、加圧で、いわゆる「窒素酔い」を起こすため、空気の組成は地球より窒素が少な目に調整されている。  呼吸によって生じる二酸化炭素は、居住棟の床下に設置されたサバティエ反応機で化学処理され、再び水や酸素、メタンなどに形を変える。排泄物は湿式酸化方式で粉末処理し、有機成分は、「農場」で資源として活用している。酸素、水素、炭素の連環は無駄なく再利用されている。  ハブは、公会堂をほぼ中心にして、通路(シャフト)でつながっている。このシャフト内も呼吸に必要な空気が満たされているので、酸素マスクも与圧服もいらない。ただ、この通路はお世辞にも快適とは言えない。一日のうち何時間かは、申し訳程度に暖房が入るが、常時ヒーターを入れられるほどコロニーのエネルギーに余裕はない。通路内部は摂氏数度しかなく、常にこごえるほど寒い。
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