2.ユージン・ブレ博士

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2.ユージン・ブレ博士

「テイク1、録画スタンバイ」  インタビューの準備が全て整ったのを確認して、ケイはUNNのプレートをつけたマイクを握り、音声応答型のコンピューターに指示を出した。レポートには、インカム型マイクの方が何かと便利なのだが、マイクを手で持つというのは、今も昔もレポーターの変わらぬ流儀だ。ネクタイピンより小さな高性能マイクが、その辺りの電気店で簡単に手に入るのに、テレビレポーターは、テレビ画面の中で、いまだに巨大なマイクをぎゅっと握りしめている。火星到着後、初のレポート番組がこれから始まる。  目の前では、ビデオカメラが三脚の上に据え付けられている。本体は手のひらに載るほどの小ささだが、解像度は極めて高い。 「ブレ博士、それではお願いします」  隣の席に座っていたブレ博士は無言で頷いた。  ユージン・ブレ博士は二〇五三年、マーズ・フロンティアの初代司令官、ロバート・リドストロームが、コロニー内の生命維持装置の不調で不慮の死を遂げたあと、リーダーの座を引き継いだ。建設当初から火星に滞在していることもあり、コロニーでも、地球上でも、「火星の父」とか「ミスター・マーズ」とか呼ばれている。  アイスホッケーの元ロシア代表の名に恥じることのない身長一メートル九十五センチ、体重九十七キロの巨躯の持ち主。太い首にたくましい腕。「タフ」という言葉がぴったりの司令官だ。短く刈った黒髪にはわずかに白髪が混じっているが、老けた感じは全くなく、むしろ威厳を増すのに役立っていた。全身からエネルギーが滲みでている。  専門はエンジニア。しかし、機械相手にありがちな気難しい雰囲気はまるでない。人当たりはソフトで、コロニーで暮らす二十二家族三十八人に目を行き届かせる細やかな神経も持ち合わせている。
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