第六章

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今の直人には、きっと触れてほしくない部分が山ほどあるに違いない。そう考えると迂闊に話題を振らないほうがいい。 心配で家まで押しかけるまではよかったが、ここからどうすればいいか吉沢にはわからなかった。 「吉沢、ごめん」 「ん?」 「お茶切らしてた」 ごめん、ともう一度謝る直人。背中を丸めて申し訳なさそうにしているその姿は、今にも消えてしまいそうだ。 ただお茶がないだけなのに、思いつめた表情を浮かべている直人を見て吉沢はさらに心配になる。 「冷蔵庫になにもない……ごめん」 「いやいや! そんなんで謝らんでええって!」 それより、冷蔵庫になにもないというのはいかがなものか。ちゃんとご飯は食べているのか? 不審に思った吉沢は立ちあがり、台所にいる直人に歩みよっていく。 それに気づいた直人は、びくっと肩を揺らした。 「き、吉沢?」 「ちょい冷蔵庫の中見てもええか?」 「え? ……べつにいいけど。本当になにもないぞ」 しっかりと許可をもらったので、遠慮なく冷蔵庫の中身を拝見する。たしかに直人の言うとおり、冷蔵庫の中はほとんど空っぽだった。ほとんどと表現したのにはわけがある。ケチャップやバターなど、ちらほらと調味料は入っていたのだ。 「なあ、直人。ちゃんと飯食ってるんか?」 「……日による」 最近はご飯を作るのも食べるのも面倒だった。外に出たくない日は水道水しか口にしないし、外に出ることができた日はコンビニでおにぎりかカップ麺を買って食べる。それの繰りかえしだ。 「よし。なんか食いにいくか」 「! ……そ、それは」 つまり外食ということ。 直人の額に汗がじんわりと浮かんだ。外食なんて無理だ。人が多いところで食事をしたくはない。 呼吸が乱れそうになるのを抑えるため、ぎゅっと服の裾を握りしめた。 その様子を見て、吉沢は目を細める。
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