第六章

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「……わかった。なんか買うてきたる。とりあえず一週間分くらいでええか」 「え? い、いや、そこまでしてもらわなくても……」 まったくなにも口にしていないわけではないのだ。少し食べなくたって生きてはいける。というか、吉沢にそこまでしてもらう理由がない。 優しくしてほしくない。もう放っておいてほしい。 「はあ、言おうか悩んでんけどなあ……」 「な、なにを?」 「悪い。心配やねん、お前のこと」 そう言われ、心臓がどくんと跳ねた。 やはり隠しとおせるものではなかった。今の自分は周りから見て普通ではないのだ。それに相手は高校時代の友人、吉沢だ。吉沢はよく自分を気にかけてくれていた。そんな吉沢の目を欺くことなんてできっこない。 直人は口を噤んだ。なにも言えなくなってしまった。 「なにがあったんかは聞かんし、詮索するつもりもない。ただ飯だけはしっかり食ってくれ。頼むから」 「……」 常においしいものを食べ、お腹さえ満たしていれば少しは今の現状も良くなるのだろうか。直人にはイメージがわかなかったが、なぜか吉沢の言葉が重たくのしかかった。それと同時に、ちょっとの空腹を感じた。 「ここに来る前、スーパーあったよな。ちょい車飛ばしてくるわ」 「……あ、ありがとう」 「ん。家の鍵借りといてええか?」 玄関先に置いていた家の鍵を指さす吉沢。直人は悩むそぶりも見せずに、小さく頷いた。 これは一人にはしておけないな、そう思った吉沢は「すぐ戻るから」とだけ残して家を出ていった。 **** 吉沢が出かけてから三十分ほど経っただろうか、近くのスーパーに行ったのならもうそろそろ帰ってくるだろう。 待っているあいだ、直人はとくになにもしないでぼーっとしていた。吉沢と話していていたからか、なんだかいつもと心の落ちつきが違う気がした。 なにを買ってきてくれるんだろう。そんなのんきなことを考えていると、テーブルに置いてあった携帯電話が音を立てた。バイブレーションの振動でちょっとずつ動いている。 この長さは着信だ。吉沢かもしれないと思い、携帯電話を手に取った。 「!」 着信の相手は吉沢ではなく由依だった。もう連絡をとることもないだろうと思っていた相手。そんな由依からの着信に動揺を隠せない。 携帯電話を持つ手が震える。着信は鳴りやまない。いくら待っても鳴りやむ気配がなかった。 出たくない。由依とは話したくない。あの日のことのせいでもあるが……なぜだか嫌な予感がしたから。 話したくない、だから諦めてくれ。 そう思っていたのに、体が勝手に動く。「やめろ、出るな」と心と体が矛盾する。 ぴ、と通話ボタンを押した。 「ーーーー」
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