蛍火

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 ただ、居所が定まらず、会いたいと思っても会えるのは稀だという。それゆえ“雲隠れ”などと呼ばれているが、名賀浦っ子の間では、絵双紙の光凛丸と並ぶほどの人気がある。 (あの侍が、雲隠れの伊十郎なら……)  どうして能木山の療養所にいたのだろう? さらには帯刀と親しいふうであったのも気になる。雲隠れの伊十郎といえば、昨年秋、交易商人天竺屋与兵衛の抜け荷を暴いた立役者である。 (雲隠れの伊十郎が……旦那の仲間なら……)  あれこれ疑念が湧きだすも、竹井村に近づくにつれて霧散する。  ドーン!  轟く爆音が心の臓を打ち、疲れ切った足に地響きが伝わる。  パッ、パッ、パッ、パッ、パッ、パッ——  火花の爆ぜる音がして、墨色の空にまばゆい光の花が咲く。  大波止で花火が上がりだしたようだ。あたりはすっかり宵闇に沈んでいる。  於菟二は痛む足を引きずって、光に染まる竹林に入った。曲がりくねった細い一本道を急ぐ。  この七日のうちに萩が咲きだし、荘の庭は、紫色の小さな花のうねりが波のように重なって美しい眺めをつくっている。  そして帯刀は、そんな風情を眺めるような態で、一人荘の濡れ縁に座っていた。
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