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パーン!
西の空にひろがる光の花が、縮織の帷子をゆったりとつけた慕わしい姿を、瞬きの光の色に染める。
庭に入った於菟二が、声を掛けるより早く、
「遅かったな」
と、帯刀が云った。
療養所で聞いた通り、肩から胸にかけて白布に覆われ、眼にも白布が巻かれている。
「腹がへったろう。鰻があるぞ」
何事もなかったように微笑する。
「旦那は呑気だな。呆れて声もでねえよ」
於菟二は泣き笑いつつ、波打つ萩を分けて濡れ縁に近づく。花の香のする蒸し暑い夜気にまじって、蚊遣りの匂いが流れてくる。
「これでも急いで来たのだぞ」
「七日も来ねえで、急ぐもなにもねえだろう」
「心配したか?」
「するもんかい」
嗚咽をこらえて強気の声を出す。帯刀が見えていないのが救いだ。
於菟二が濡れ縁に腰をかけると、帯刀が膝から団扇をとって蚊遣りの煙をゆったりと掻きまわす。
「貞助が、半べそ顔ですっ飛んで行ったと申していたのだがな」
「貞助って……あの、白髪あたまの業突く張りのじじいかい?」
於菟二が云うや、帯刀がくくと喉を鳴らして笑い出す。
「ずいぶん苛められたようだが、貞助は業突く張りではないぞ。座敷に財布と道具箱があるだろう」
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