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首を伸ばして、灯のない閨を覗く。
文机の脇に、それらしき風呂敷包みが置いてある。蚊帳のうちに敷かれた夜具は、帯刀が横になっていたものらしく抜け殻のような形になっている。
「寝てなくて、平気なんですかい?」
「貞助が煩いゆえ横になっていたのだが、些か飽きた」
帯刀が背筋を伸ばして首をまわす。
「じいさん……中にいるんだね」
於菟二は小声で云った。屋内に灯が見えないので、帯刀が一人でいると早合点したが、よくよく考えれば眼の見えない帯刀を一人にする筈がない。
「いや、貞助は先ほど帰った」
「帰った?」
「ああ」
「そう見せかけて、どっかに隠れているんじゃねえだろうな。あのじいさんなら、やりそうだぜ」
於菟二は首を伸ばして、屋内の気配を窺った。
能木山の療養所で、若侍は「野田殿は、今朝方早く戻られた」と云ったのだ。そうであれば於菟二が訪ねたあのとき、帯刀は役宅に居たことになる。
(畜生、一杯食わされた)
「そう尖るな。お前を試したものらしい。おれの世話を任せられるか否か、とな」
「なら……旦那のお世話、おいらに任せてくれるのかい?」
「帰ったということは、そういうことだと思うが、愉快ものの貞助ゆえ、油断はできぬがな」
帯刀がまた、さも可笑しげに笑いだす。
「ちぇ、とんでもねえじじいだぜ」
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