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「……みんなありがとう。もう、大丈夫だから」
少し経って、依子さんはそう言って立ち上がった。
「お母さん」
まだ少し心配そうに、明日香さんが依子さんに近付く。
「明日香もありがとうね」
「……昔の話、たまには聞かせてよね」
「あっはは……まあ、恥ずかしくない話だけね」
そんな様子を見ている限り、あの二人はきっとこの先もずっと上手くやっていける気がした。
「今度こそ、今回の件は一応終わった……って事なのかな」
「…………」
立ち上がって僕が言うと、婆ちゃんの視線は崩壊の只中にある、既に動きを止めた黄泉返りの怪異の身体の方に向けられていた。
「……?」
婆ちゃんが鋭い眼差しのまま、その灰色に変色した怪異へ近付いて行く。
そしてその手が、灰色の身体に触れようとした時だった。
乾いた砂の柱が破裂するように弾け飛び、その中から小さな球体状の赫い光が飛び出して空へと上昇し始めた。
「婆ちゃん……あれって……!」
「……まだ少しばかり力を残していたみたいね。霊核を失って大した力は残っていないでしょうけれど。死を忌諱する概念は世の中に沢山あるから、その中で霊的な感覚の強い人間を苗床にすれば、自然に顕現するよりもずっと早く力を取り戻すかもしれないわ」
「それなら早くどうにかしないと……!」
「んー……」
赫い光が昇って行くのを見上げながら、婆ちゃんはおでこのあたりを指でぐりぐりしつつ考え込んでから僕の方へ向き直って苦笑した。
「私、流石に空は飛べないのよねぇ。符術が届く範囲も越えちゃってるし」
「……」
「…………」
「…………ええ?」
「やぁねえ。普通人間は空なんて飛べないわよ?」
……そもそも普通の人間は霊力の出力が狂って若返ったりしない気もするのだけれど。
いや、まあこれは禁句であるけれど。
「って、じゃあどうしたらいいの、あれ。逃がしちゃったらまずいんでしょ?」
問答をしている間にも、光はどんどん上空へ上って行ってしまう。
しかし焦る僕に反して、婆ちゃんは落ち着いた様子だった。
「サクラさんに任せましょうか」
……サクラ?
あいつ、外に居るんだよな?
「サクラ、聞こえてるか? ……おーい!」
端末越しに呼びかけてみたけれど、応答がない。
「こんな時にアイツ……」
状況を伝えようにも応答が無ければやりようがないじゃないか。
「大丈夫よ」
けれども婆ちゃんは取り乱す様子もない。
そして上空へ向かって、いつもののんびりした口調で言った。
「サクラさーん。悪いけど、あとお願いねぇー」
その直後。
空の一部が硝子が割れるように崩れたかと思うと、そこから何かが飛び出してきた。
それは丁度上昇していた怪異の赫い光球と衝突し、そのまま一緒になってこちらへ落下してくる。
「……あれってもしかして」
「ね、言ったでしょう?」
「どぉぉぉぉぉぉぉぉぉおぅりゃぁぁぁ!」
怪異の残滓を刀で串刺しにした状態のまま、サクラが派手に土煙を上げて着地した。
「天地一切・清浄祓!」
呼び声に応えるように刀身が赤熱し、刺し貫いた光球は断末魔も上げる間もなく蒸発してしまった。
そして砂埃が収まると、サクラは地面に突き立った刀を引き抜き、僕らの方へ振り返ってニカッと白い歯を見せた。
「うむ! どうやらオイシイとこだけごっつあんしてしまったようであるが……まあよし!」
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