三章  欠けたもの

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(6)  翌日。  流石に普通の週末で日曜の遅くまで都内に居るわけにも行かないので、僕らは朝食を頂いたあと依子さんの家を出ることにした。  どのみちまた来週か再来週の休みを使ってこちらに足を運ぶことになりそうだと言うのに、余程名残惜しいのか明日香さんは鈴音にしがみついて「帰らないでぇ」などとやっていた。 「あれを見てどこかで見た事ある光景だなと思ってたんだけど、今にして思えば御島さんとキャラが少し被るんだな……」 「ああ……確かに」  地元に居る鈴音大好き過ぎる同級生を思い出して僕と日野さんは思わず苦笑した。  河川敷の公園にも一応寄ってはみたものの、やはりそこにソウタ君の姿は見当たらなかった。 「元々普通の人間の魂魄と言うのは特段強い霊力を内包しておらぬため、姿を見せておる時以外は希薄過ぎて感じ取れぬようであるな」 「婆ちゃんも?」 「サクラさんが感知できないものは、多分私にも感知できないわ。ましてや今はこれをつけているから」  そう言って腕につけた飾り紐を見せる。  ああそうか、明日香さんによる霊力調律の措置とかで、婆ちゃんの霊的な力はだいぶ抑えてるんだっけ。 「あの、このあと鵜野森町に戻るだけなら一ケ所寄りたい場所があるんだけど……」  日野さんが珍しく少しソワソワしながら手を上げる。 「別に、僕は構わないけど」 「私は、お夕飯の支度の時間までにお家に帰れればいいわよ」  反対する者も居ないので、日野さんのプランに乗っかる事になった。 「えっと、じゃあね――」  日野さんは言って、スマホの地図アプリを立ち上げる。 「ここへ行こうと思います」  画面の中心には、一つの神社の名が記されていた。  今戸神社は平安時代の終わり頃、今戸八幡として始まってからの長い歴史を持つ神社である。  江戸に入ってから建てられたらしい鵜野森神社よりもずっと昔の話だ。 「建物自体は割と新しいから何度か建て直したりしてるのかな」 「浅草寺周辺も然りであるが、この辺りの町並みは大正の地震と昭和の空襲を経て今の形に生まれ変わっておる。明治以前の建物などは殆ど残っておらぬであるよ。それでもこの町の景観がどこか昔を感じさせるのは、住む人の心に根付いたものが町の作り方に反映されておるからなのであろう」 「なるほどなあ……しかし日野さん、気合入ってるな……」  サクラの解説を聞きながら、境内のあちこちで見掛ける猫の置物やらの写真をバシバシ撮って回っている日野さんと鈴音、婆ちゃん達の方に目をやる。  日野さん曰く、ここは通常の御利益の他にも猫に縁のある神社としても有名らしい。  境内には近所の猫なんかも集まってきたりしているようで、それがまた日野さんのテンション爆上げを後押ししてしまっているようだ。 「フハハ、せっかく縁結びの神社だと言うのに残念であるな」 「……大きなお世話だよ。って言うか、日野さんはともかくサクラも随分詳しいんだな」 「ん? んー、まあ……ここは旧い知り合いとも縁のある神社でな。妖となったばかりの幕末から明治初期にかけて、しばらく滞在したことがあるのである」  この土地は意外なところでサクラの過去とも接点があったのか。 「珍しいな。サクラが昔話なんて滅多にしないのに」 「む……うむ、いかんいかん。色々懐かしい場所故つい、な。ここから先は別料金故」 「うわ、有料なのかよ」 「フハハ、落語も芝居もタダでは聴けぬものであろう」  サクラは笑って椅子から立ち上がる。 「私はこの土地での過去とは折り合いをつけておる故、私の心の中にだけ留め置けばそれで良い。しかし、折り合いをつけられぬ者は……」  薄く雲が棚引いている空を見上げながら、サクラが何かを言いかけて途中でやめた。 「……?」  それが何を意味しているのか、この時の僕にはわからなかった。
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