三章  欠けたもの

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(7) 「……ふぅん。物見遊山で随分楽しんで来たみたいなのね」 「うっわぁ……ご機嫌斜めだ」  何だかんだで夕方に帰宅した僕らを待っていたのは、膨れっ面のウスツキである。  僕らが留守の間も爺ちゃんの神社の仕事を真面目に手伝ってくれていたらしいけれど、昨日帰らなかったのがご不満であるようだった。 「いきなり帰らないとか言われても、こっちは気難しい宗一郎相手で気まずいったらありゃしないのよ。神社のお勤めの間はまだしも夕食時なんて何話したらいいかわからないし……」  日野さんと婆ちゃんが台所へ行きサクラと鈴音が風呂へ行ってしまったので、ウスツキの吐き出す鬱憤は自動的に僕を直撃する事になったのである。 「あはは……そりゃあ、ご愁傷様で」  確かに人間全般に対してまだ苦手意識が抜けきらないウスツキにとっては中々ハードルが高い状況である。  朝霧家の面々は信頼されているとはいえ、口数の少ない爺ちゃん相手ではそうそう和やかに会話と言うわけにもいかないだろう。 「そう言えば、昨日の夕食は結局どうしたんだ?」 「出前とか言うやつよ」  ……ああ、まあそうか。  爺ちゃんも料理からきしだからなあ。 「――で、洋子の身体の方は見た感じ概ね順調に正常な状態に戻りつつあるみたいだけれど、別件と言うか途中から本題に成り代わった件の方はどうなったの?」  延々とこのまま文句を言われるのも覚悟していたところだったけれど、ウスツキの方から話題を変えてきた。  そうか、鈴音がキーパーソンと言う事で浅草行きのメンバーになっていたから気になっていたんだな。 「とりあえず鈴音のおかげで幽霊少年とは接触できたよ」 「……鈴音、何もされたりしてないわよね? 得体の知れない人間霊なんかにあの子に指一本触れさせたら承知しないわよ」 「あー……触れさせたらって言うか、鈴音の方から掴みに行ったって言うか――」 「アナタが付いていながらあの子に何かあったらどうするのよっ!」 「く……苦しい苦しいギブギブギブ……!」  後ろからチョークスリーパーの要領で極められてしまう。  身体は小さくともウスツキドウジとしての権能は生きているので、その際の力はそこらの大人よりも強い。  普通に絞め落されても不思議ではない以上、降参こそが僕がとれる唯一の択である。 「サクラも婆ちゃんも目の前に居る状態で特に悪い気配は感じなかったみたいだから、そのあたりは多分大丈夫じゃないかと思うけど」 「……フン、どうだか」 「心配性だなあ」 「心配にもなるわよ」  宥める僕に、ウスツキは溜息を一つついて続けた。 「強力な霊能者でもない人間の魂魄が理性を保ったまま現世に残り続ける事はあり得ないの。だとしたら、どんなに普通に見えても何かが普通じゃないわ。霊気の性質にせよ在り方そのものにせよ、何かがどこかで歪んでいるはずよ」
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