三章  欠けたもの

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(8)  河川敷の幽霊少年に対するウスツキの見解はいたってドライなものだった。  まあ僕らと違って面識もない相手の事だし、ウスツキらしいと言えばらしいのだけれど。 「人間の魂魄って、そんなに希薄であっさり消えてしまうようなものなのか?」 「ん……まあ、消えるって言うのは意味合いがちょっとズレているかもしれないけれど、少なくともこうして肉体ある世界での存在を保てなくなるのよ。概念としてはあなた達人間があの世と呼んでるものがその受け皿になるのかしらね」  ううん……何となくわかったような、よくわからないような。 「肉体が無ければ存在を確かなものにするためには何かで補強しなければならないの」 「補強……」 「そうよ。夢路は妖のモノがどうやって現世に存在を固定しているかは理解しているわよね?」 「ええと確か……人間達の集合無意識の中に信仰や畏怖として浸透することで存在する……って理屈だったと思うんだけど」  このあたりは昨年から鵜野森町で僕が遭遇した怪異事件を通して、サクラやレイカさん達から聞かされている。  神様の存在が人々からの信仰などによって初めて担保されると言う理屈は、妖や怪異現象と呼ばれているものの多くにもほぼ同じ理屈で通じるのだとか。  知るものが誰も居なくなれば、その存在が担保されなくなり、神様も妖もこの世界での力を失うのだ。 「そうよ。だから私達は、霊気体だけになっても余程の事が無ければ完全に滅んだりはしない。それこそ、先日の私や鈴音は特例中の特例の危機的状況だったわけだけど」 「なるほど」 「けれど普通の人間は魂魄を構成する霊気の絶対量が少ない上に、肉体を失えばその存在を確立させる術が無いの。例外は特別な術か何かで魂の一部を依代にでも封じておくか、でなければ……人の魂魄としてではなく、別の何かになるか。負の思いを魂魄から溢れさせ、それが何らかの怪異の逸話と結びついて変貌すれば、現世に存在を留め置く力としては人間の魂魄のままで居るより私達妖に近いものになる」  旧い伝承歌でも読み上げるようにウスツキは語る。 「ウスツキ、いが……結構博識なんだな」 「コラ、今『意外と』とか言いかけたでしょう!」 「ぐえ……」  緩められていたチョークスリーパーが再開されてしまった。 「半人前――いや……三分の一人前とはえ言え、私は今この神社の御神体でもあるのよ。将来宮司になる気でいるアナタに、私に対する畏敬の念が足りないのは問題だわ!」 「ぐ……ぐるじい……」  ……けれど。  そうなると河川敷の幽霊・ソウタ君と言う存在は、果たしてどっちなのだろうか。  サクラの見立て通り消滅しかけている人間霊なのか、ウスツキの言うようにそう見えているだけで何らかの怪異に変質した別のモノなのか。  いずれにせよ、真相に近付くにはまだ情報が足りないのは間違いなかった。
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