四章  昔語り

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四章  昔語り

(1) 「うーん……」 「朝霧君、もしかしてお腹でも壊した?」  休み時間に机に突っ伏して唸っている僕の顔を、日野さんが覗き込んでくる。 「いや、この間買った本……なんだけどさ」  手元に開いたそれを日野さんに見せる。依子さん――凪野紙縒の著書のコアなファンである市ノ瀬さんから入門編として強制……もとい強く推奨されて購入した一冊である。 「えっと……『逢魔が時の境界』……だっけ?」 「うん。元々は依子さんが若い頃に雑誌掲載していた短編を収録したものらしいんだけど」 「何か気になる事でも?」 「気になる……って言うか、子どもが神隠しに遭う話があるんだよ。東京の下町を舞台にして、さ」  僕の言葉に、日野さんは怪訝そうな表情を浮かべた。    下町の小学生の女の子を主人公にしたその短編は、友達の男の子と一緒に祖父に連れられて行った寄席である落語を聞かされる所から始まる。  演目の名は「野晒し」。  八五郎と言う長屋住まいの男が、ある日女嫌いで知られる隣の浪人・清十郎が得体の知れない女を家に連れ込んだ事を訝しんで問いただすと、向島へ釣りに出かけた際に弁天堂の暮六つ時の鐘の鳴る中偶然死体を発見したと語る。  原点の落語では本来、その死体を弔ったことで美女の幽霊に恩返しを受けた清十郎を羨む八五郎の滑稽噺の様相に変化していくのだけれど、作中の女の子は途中まで聞いて怖くなってしまい寄席を飛び出してしまう。  探しに出た男の子は暗くなるまで捜し歩き、辿り着いた河川敷で女の子の姿を発見し大声で呼びかけるが、その時今では鳴らないはずの暮六つの鐘が鳴り響く。自分を呼ぶ男の子の声に気が付いて振り向いた女の子だったが、彼の姿はそこには無く、不気味な鐘の音だけがいつまでも鳴り響いていた。 「――と言うのがこのお話の導入部分なんだ」 「その後の展開は?」 「いや、まだ読めてないから何とも。……でもこれ、関連あるように思えない?」 「関連って、ソウタ君の件と?」 「うん」 「……どうだろう」  日野さんは口元に手を当てて考え込む。 「予備校事件の時の『七人ミサキ』みたいに……って事?」 「うーん……でもあれって色んな偶然が重なったタイミングで百物語が顕現する条件を市ノ瀬さん達が満たしたからああなったわけだしなあ。依子さんがこの小説を使って百物語を……って考えるのは流石に無理があるだろうし」 「とりあえず、今度会う時に聞いてみればいいんじゃ――」  ポン、と。  SNSの通知が机の上のスマホに入るのが目に入った。 「レイカさん?」  送り主はレイカさんで、帰りにアイレンへ寄って欲しいというものだった。 「何だろう?」 「……さあ。とにかく帰りに寄ってみよう」  僕らは顔を見合わせて頷き合った。
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