四章  昔語り

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(3) 「やあ、ゴメンゴメン。ちょっと遅くなっちゃったネ」  圭一さんが店に戻って来たのはそれから二十分ほど経ってからの事だ。 「圭一君、おーそーいー」  カウンターに突っ伏していたレイカさんが不満を漏らす。 「あー、その、思ったより時間くっちゃってサ」 「……タバコでしょ」 「うっ」  どうやらその通りだったらしく、蛍光灯の入った買い物袋の中には、まとめ買いしたらしいタバコが入っているようだった。 「ほーら図星」 「あはは……僕が吸ってる銘柄、置いてるとこ少なくてサ」  ポリポリと頬を掻きながら苦笑する圭一さん。 「それ結構重たい銘柄のやつでしょ? もー圭一君もトシなんだから、吸うなとは言わないけどもう少し軽いヤツにしなさいよ」 「いやァ……長年吸ってると中々変えるのもネ……」 「私をそんなに早くに未亡人にしたいワケ?」  ジト目のドアップで凄まれ、思わずたじろぐ圭一さん。  どう見ても敗色濃厚である。  元々サトリであるレイカさんには寿命と言う概念が殆ど存在しないので圭一さんはおろか僕や日野さんだって先に寿命が来るんだろうけど、だからこそ一年でも二年でも長く一緒に暮らせる事を願っているレイカさんの心情と言うものも少ながらず理解できるからである。 「そ、それを言われると辛いなァ……」 「これは圭一さんが旗色悪いですね」 「禁止とは言われてないわけですし、タバコの強い弱いとかよくわかんないですけど、そのあんまり強くない種類ってのにするとか考えたらどうですか?」 「……ふぅ、こりゃぁ四面楚歌だ。仕方ない、前向きに検討しますヨ……」  流石に反論できる材料もないらしく、観念したように圭一さんは肩を落とした。 「……ところで、圭一さん。僕らに話があったって聞いて来たんですけど」  一区切りついた所で本題を思い出し、僕は話題を変える。  危うくこのまま談笑だけして帰るところだった。 「ん? ああ、そうそう。夢路君と咲ちゃんがこの前来た時に、ソウタ君……だっけ? 例の河川敷の幽霊少年の話聞いて何か引っかかってたんだヨ。んで、調べたワケ」 「調べたって……どうやって? 相手は幽霊ですよ?」 「別に幽霊を調べたなんて言ってないサ。オジサンだって昔新聞やテレビで取り沙汰された事件をネットで掘り起こす事くらいはできる」 「事件……?」 「そう、事件だヨ」  僕が聞き返すと、圭一さんは店の奥の方から何かを印刷した紙を持って来た。 「もう三十年くらい昔に、あの辺で行方不明になった子供の話サ。当時は新聞やらテレビでもしばらく騒がれたんだヨ」  そう言ってその紙を僕らの前に静かに置いた。 「行方不明になった子の名前、そこに載ってるだろ?」 「……」  僕と日野さんは昔の新聞記事を抜粋したらしきその紙を、食い入るように覗き込む。 「……朝霧君、ここ……」  日野さんがその中の一文を指さした。 「これは……」  思わず息をのむ。  そこには確かに、あの河川敷の幽霊少年と同じ読みの名が記されていたのだ。
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