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「お母さんの小説……ですか? いやー私活字苦手で。漫画になったやつだけはそっちを読みましたけど」
明日香さんは頭を掻きつつ苦笑した。
まあ確かにアクティブな感じがある子だし、親御さんが作家だからと言ってその著書に触れて育ったとは限らない。
そう言う事もあって、明日香さんはどうもピンと来ない様子である。
「何か気になる事でもあるんですか?」
きょとんとした顔で聞き返してくる。
ううむ……どう説明したものかな。
「えっと……まだ確証は無いけれど……依子さんの小説、本当の話があるかもしれないんです」
「……どういう事ですか?」
明日香さんは怪訝な表情を浮かべた。
「何て言ったらいいかな……フィクションはフィクションなんですけど、半分本当って言うか……」
「依子さんの小説の中には、実体験を基にして作られた話があるかもしれない。今回の件も、その可能性がある……という事」
説明に苦慮した僕に、日野さんが助け舟を出してくれた。
「偶々朝霧君が買った依子さんの昔の短編集の中に、今回の件に関係ありそうな要素がいくつかあったの。勿論何から何まで一緒ではないから、本当に偶然の可能性もあるのだけれど……」
「……つまり、お母さんはソウタ君に関して何か知ってるかもしれない……って事ですか?」
明日香さんが思わず身を乗り出したけれど、日野さんは淡々と言葉を続けた。
「少なくとも小説の中でソウタ君の名前は出てきていないから、依子さんが『ソウタ君』に関して知っているのか『河川敷の怪異』について知っているのか、直接聞いてみないとわからないけれど。……ただ依子さんがこの話を書くよりももっと以前に、実際あの河川敷で子供が一人行方不明になってる。名前は……ソウタ君と一緒」
依子さんは河川敷で発生する怪異について、何か知っている可能性があること。
三十年ほど昔に、ソウタ君と同じ名前の少年が同じ場所で行方不明になっていること。
この二つがともに、僕らが知っているソウタ君と関連の深い事柄であるのかについては、まだ当て推量の域を出ていない。
そう言う理由もあって依子さんには話を聞いておかねばならない事だったし、娘の明日香さんも何か聞かされていればと考えたのだけれど。
「すみません。やっぱり私には心当たりがなくて。……お母さんに直接聞くしかないですね」
「……そうですか」
致し方ない。
僕らは大人しく、依子さんの帰宅を待つことにしたのだった。
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