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(9)
原稿を進めねばならないと言う依子さんを残して、僕らは夕方日の暮れ始めた河川敷の公園を訪れていた。
どこからともなく鳴らないはずの鐘の音が聴こえた頃、ソウタ君はやはり所在なさげな面持ちでベンチのあたりに姿を現した。
「ソウタくんだ! こんにちはーっ!」
「うわぁっ」
いきなり鈴音に手を掴まれてブンブンと大袈裟な握手をされ、驚きの声を上げた。
「これこれ鈴音、もう時間的には『こんばんは』であるぞ」
「間違えちった」
「そうだけどそうじゃない」
危うくサクラと鈴音のやりとりに引っ張られそうになる。
今回は彼とも少しばかり込み入った話をする必要があるのだから、あまり呑気に構えても居られないのだ。
問題は、ソウタ君が僕らの質問に答えられるだけの記憶が僅かでも残っているかどうかなのだけれど。
「ソウタ君」
僕はできるだけプレッシャーを感じさせないように、努めて穏やかに話しかける。
「君は……どうしてここに自分が居るのか、よく覚えていない。……それは間違いない?」
「……うん」
幾分そっけない返事ではあるが、前の時は僕は警戒されっぱなしで無反応を決め込まれていたので大きな前進ではあろうかと思う。
「何かを探していて、それを見つけないといけない……けれどそれが何なのかもよくわからない。……それも合ってる?」
「……うん」
以前聞き出した話の内容を再度確認する。
ここまでの認識に相違はない。
となれば、次は確証の得られていない情報にソウタ君自身心たりが無いかどうかを確認する段階である。
もっとも、サクラの言う霊気体の欠損で情報そのものがもう失われているとしたら、そのあたりも難しいのだけれど。
いずれにせよ、迷っている暇はない。
僕はサクラや日野さん、婆ちゃんに目配せをしてからソウタ君に向き直って言葉を続ける。
「君は……カナイソウタ君……じゃあないのか?」
それは。
三十年……いや、あの新聞記事によれば三十一年前。
上流の豪雨によって増水したこの河川敷で行方不明となった子供の名だ。
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