四章  昔語り

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(12)  僕が踏み込んだ質問をここでするべきかどうかの判断に迷っていると、依子さんの手元に置かれたスマホが振動した。 「おっ……と。なんだなんだ?」  画面に視線を落とした依子さんの表情が、やや渋いものになる。 「げ……編集長……」  依子さんは口元に人差し指をあて、僕らに向かって静かにするようにと合図をした。 「はい、もしもしお世話になっております……。あ、はい大丈夫です。はい。……はい。……へ? あー……それは何と言いますか……あっはは……。まあ私もこの歳になって色々と思う所があるわけでして……」  何だか微妙にバツの悪そうな表情で受け答えをしているように聞こえるな……。  その後、僕らの見ている前で電話の向こうの相手とああでもないこうでもないとやりとりを重ねていた依子さんは、やがて溜息とともに通話を終えた。 「はぁぁぁぁぁぁ……」 「どうしたの? お母さん」  不安そうに明日香さんが依子さんの顔を覗き込むと、 「あー、ごめん。編集長から色々要望飛んできたからさ、私先に戻ってるわ。みんなは食事してていいから、まだゆっくりしてて」  そう言って慌ただしく自分のカバンを手に取ると、依子さんは全員分の食事代を明日香さんに手渡してバタバタと駆けて行ってしまった。 「……何か随分急いでたね」  依子さんが抜け、飲みかけのビールの残ったグラスだけが放置されている。  出て行った店の出入り口の方に目をやりつつ僕が言うと、明日香さんは何か思い当たる節があるような素振りで、 「多分ですけど、来年の春に出す新作の話じゃないかな……。確かお母さんの話じゃ今の編集長さんってのが、デビュー当時の担当者だったみたいで。来年出すのは何かその頃書いた短編の人気作だかを基にした長編らしいんですけど――」  明日香さんがそこまで言いかけた所で、僕と日野さん、そして婆ちゃんは顔を見合わせた。  サクラも何やら今の話に思うところあったのか、お茶を啜りつつも片方の眉が跳ね上がっていた。 「明日香さん」 「へ?」  僕は明日香さんを見据えて静かに切り出した。 「それってもしかして……『逢魔が時の境界』……じゃないかな?」
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