四章  昔語り

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(14)  明日香さんが淹れてくれた紅茶を人数分テーブルへ並べた所で、客間から日野さんが戻って来た。 「鈴音は?」 「大丈夫。ぐっすり寝てる」 「まあ、もういい時間だからね」  鈴音は夕食でお子様ランチとデザートを食べ、既に今日一日やりきった感を出して熟睡モードに入ってしまっている。  まあこれから込み入った話になるのはわかりきっているし、タイミング的には良かったのかもしれない。 「それじゃあ、何をどう話すべきだろうね、私は」  紅茶を一口啜り、依子さんが切り出した。 「ええと、そう……ですね……。依子さんは、やっぱり香内蒼汰君について新聞やテレビで当時報道された以上に知っているのか……ですかね」  現状得ている情報から、河川敷の幽霊少年・ソウタ君が報道にあった香内蒼汰君と同一人物であろう事はほぼ間違いない。  けれども、ソウタ君については『何故、あの場に留まっているのか』がまるで見えてこない。  怪異化する前に強制的に祓うと言う選択をせずに彼の未練を解消するには、その『何故』が見えなければ難しいと言うのがサクラの考えだ。 「三十年も前の人間の魂魄が怪異化もせずに現世に留まる事は、霊的な素養がある者でも困難である。まして依代も術式も使わずにとなれば、な。余程の思いの為せる業やもしれぬが、それは転じて怪異化する可能性も高まるとも言える。……まあどう判断するにも現状では情報が足りぬ故、あの小僧について知っている事があるならば話して頂きたい」  そう言ってサクラはテーブルの皿のクッキーを三枚ほど鷲掴みにして雑に口へ放り込んだ。  依子さんは少しの間目を閉じて考えを廻らせている様子だったけれど、ややあってゆっくりと顔を上げる。  そして、静かに口を開いた。 「香内蒼汰君は私の――私の幼馴染さ」 「……え、でもお母さん子どもの頃は埼玉のお爺ちゃんの家に居たんでしょ……?」  明日香さんが疑問を口にする。  依子さんの実家は埼玉でお寺だと言う話だし、まあ当然浮かぶ疑問である。 「そうだよ。私は高校までずっと埼玉だったしね」 「じゃあ……ソウタ君は?」 「あの年の前年まで、私と同じ地元に居た子なんだ。両親の離婚でね、母親が実家の浅草に連れて戻ったんだよ。転校ってやつだよ」  そうか。  転校で依子さんの地元からこっちへ来ていたのであれば、依子さんと面識のある蒼汰君がこの町に居た話は成立するのか。 「ええと……という事は、蒼汰君が行方不明になった事は当時、やっぱり報道で?」  地元が別々になってしまっていたのなら、子供の時分には取れる情報は限られる。  そうなるとソウタ君の背景にあるものが何であったのかは、探りようが無くなってしまうのだけれど……。  けれど、僕が懐いた懸念に反して依子さんの口から出た答えは意外なものだった。 「ううん。そうじゃない。私もあの日、この町に居た。そして彼は――私の替わりに、怪異に呑まれたの」
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