四章  昔語り

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(16)  これは似ている、のではない。  同じ……なのか。  依子さんの体験した事と、凪野紙縒の小説『逢魔が時の境界』で語られている事は。 「こんな家系に生まれたのもあって、私も幼少期から普通じゃないものが見えていてね。……けれど私が洋子さんなんかと違ったのは、それをどうにかするほどの力が無かったこと。下手に見えてしまうぶん、逆に人一倍そう言うものが怖かった。だから、あれが滑稽噺だと知らなかった私は、弁天堂の鐘が鳴って草むらに髑髏を見つける行で怖くなって寄席から飛び出してしまったんだ。情けない話だけどね」 「いえ……」 「初めての土地で右も左もわからずに夢中で走ったら、すっかり迷子。闇雲に歩いている間に気付けば川辺に出ていてね。どっちへ戻ったらいいかもわからないし、只々泣きじゃくるしかできなかった」  あの物語は、過去にあった出来事をモチーフにしているどころか、半ば体験談のようなものであったと言うことになる。  依子さんの顔色は、正直あまり良いとは言えない様子になりつつあった。 「……あのお話が依子さんの体験をベースに書かれているのだとしたら……そこから先は……」  僕は、迷子になった女の子が河川敷の公園で泣きじゃくっているところを、方々捜し回った男の子がようやっと発見するあたりの話を思い返していた。  突如鳴るはずのない弁天堂の暮六つの鐘が鳴る。  その音が韻にこもって物凄く、二人の頭の中に『ぼぉぅん……』と鳴り響く。  それは男の子が、女の子に声をかけた瞬間と同じタイミング。  女の子が聞き覚えのあるその声に顔を上げると、視界の片隅に一瞬見えたきり、男の子の姿を発見する事は出来なかった。  見る見るうちに辺りは昏くなり、人気のないはずの周囲から不気味な気配や物音がし始めるなか『こっちだよ』と時折聴こえる男の子の声に導かれ、女の子はその異様な空間からの脱出を果たす。  しかし男の子は昼と夜の狭間、逢魔が時の境界に囚われてしまい戻っては来ないのである。 以来女の子は身の回りで次々と謎めいた出来事が起きるようになり、その度に聴こえる男の子の声に助けられながら数々の怪異事件を体験して行くのだが……。 「最初の帰還までは概ね、あの通りだよ。どこからか聞こえる蒼汰君の声に導かれて無我夢中で走り、私は気が付くと人の居る場所まで無事に戻って来ていた。けれど、私だけだ」 「……」 「彼の遺体が見つかったのはしばらく経ってからだ。私を連れ戻して、私の替わりにあちら側へ連れていかれたんだよ。作家としての私のデビュー作は、彼の犠牲を元に書かれているんだ」  自虐的に笑い、依子さんは吐き捨てるようにそう言った。
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