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「まあ勿論、世間的には単に行方不明になった男の子が、後日遺体で発見されたって事になっているけれどね。……ともあれそれを引きずり続けた私はその後、その体験を基にした短編をきっかけに作家になってこの町へ越してきた。この町が創作にインスピレーションをくれるっていうのもあるけれど、本音は私の心があの件の呪縛から逃れられていないだけなんだよ」
依子さんはそこまで話すと、少し疲れたような表情で立ち上がった。
「依子さん?」
「ごめん、ちょっとベランダで煙草吸ってくるね」
そう言ってそのままリビングから出て行ってしまった。
その後姿を、明日香さんは驚いた様な顔で見ている。
「……どうかしたんですか?」
「お母さん、もう随分長い事煙草なんて吸ってなかった気がするんですけど……ストレスかな」
この中に喫煙者が居ないので煙草を吸いたくなる時の心境と言うのは正確にはわからないのだけれど、圭一さんなんかに言わせると『しばらく吸ってなくてもネ、ふと昔に思いを馳せる時なんかには手元に欲しくなるものサ』……と言うものらしい。
「辛い事を聞いちゃったからな……」
「うん……」
僕と日野さんはしんみりしてしている一方で、サクラの方は黙ったままボリボリとクッキーを齧っていた。
「サクラ、ソウタ君が探しているのが依子さんだとしたら、二人を会わせてあげれば解決すると思う。明日ソウタ君が現れるかわからないけれど、依子さんをもう一度あの場所に連れて行こう」
僕が現状取りうるであろう最善策を提案したけれど、サクラの反応は意外なものだった。
「――ふむ。それは……果たしてどうであろうな」
「……え?」
思わず間の抜けた声で聞き返してしまう。
「洋子殿はどう思われる?」
「……」
婆ちゃんもずっと黙って話を聞いていたけれど、やがて目を開ける。
そして、静かに口を開いた。
「この話は多分、まだ私達が知らない部分があると思うのよね。……そしてそれは多分、今の依子さん自身も知らない事よ」
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