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五章 贖罪
(1)
昨晩あの後、依子さんにもう一度ソウタ君と向き合うつもりがあるかどうかを尋ねた際に、しばらく葛藤する様子ではあったもののやがて依子さんは首を縦に振った。
とは言え、ソウタ君が姿を見せるのは決まって夕方の、あの鐘の音が聴こえる時間である。
それまではこちらから積極的にアプローチをかける事ができない事情もあって、日中帯は実質的に自由行動状態となっていた。
一晩明けて朝食を終えると、サクラは少し出掛けると言って出て行ってしまった。
依子さんも原稿があると言って朝食を終えるとすぐ書斎へ籠ってしまったので、邪魔してしまうのも悪い気もした事から明日香さんと一緒に外出する事になった。
「今はあんまり考えても仕方ないですし、気晴らしに近場で色々案内しますよ」
「……と言っても、仲見世通りと雷門通り周辺は見て回ったから、どこ行ったらいいかなあ」
「んー……じゃあ……」
そんなわけで、明日香さんの案内でスカイツリーに上り、昼食を挟んで花やしきと言う、定番でありながらまだ回っていなかったスポットを訪れることとなった。
一番楽しんでいたのは勿論鈴音で、遊園地も初めてのことであるから尚の事である。
全国的に見てもここは小さい子も楽しめるアトラクションの比率が大きい部類に入る遊園地なので、身体の小さな鈴音でも制限に引っかからないものが殆どなのは有難かった。
それだけに、有り余る元気ゆえ全アトラクションを制覇するつもりなんじゃないかと言わんばかりのペースで縦横無尽に駆け回る鈴音についていくのに保護者のこちらはてんてこ舞いだったのではあるけれど。
「ととさまー!」
メリーゴーランドに婆ちゃんと一緒に載っている鈴音が大声でアピールしてくるので、僕は目の前を通過するたび笑顔で手を振り返す。
「……体力無限か」
「もー、鈴音ちゃんの写真撮りまくれるチャンスなのにだらしないですよ朝霧さん」
「同感」
明日香さんと日野さんはここぞとばかりに鈴音のはしゃぐ姿を写真に収めている。
「そうはおっしゃいますけどね……」
ローラーコースターから始まってディスク・オーやカーニバルと言ったスピード&高速回転系ものを立て続けに同伴した僕が一番バイタリティを削られている事は申し開きしておきたい。
某ネズミの国帰りのお父さん達が電車で幽体離脱しかかっている姿を見た事あるけど、今ならあの哀愁がほんの少しだけ理解できるような気がした。
「あー、たのしかった!」
売店で買ってもらったアイスを食べながら、鈴音はご満悦の様子である。
「それは何より」
「次はソウタ君もいっしょに来れたらいいね!」
「……」
鈴音が何気なく発した一言に、僕は一瞬言葉に詰まってしまった。
「ととさま?」
「ん? ああ……うん、そうだね。いつか一緒に来れたら素敵じゃないかな」
「あい!」
鈴音にとって人間も妖も境は無い。
なまじ鈴音は彼に触れてしまえるぶん、ソウタ君が実体を持たない霊体であっても違うものだと言う認識を持っていないのである。
それがわかるだけに、僕は胸の奥が疼くような感覚を覚えていた。
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