二章  そこに居るもの 居てはならぬもの

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二章  そこに居るもの 居てはならぬもの

 (1)  依子さんが言った「お供え物」とは、どう言う事なのだろう。 「お墓参りか何か……ですか?」 「いやいや、ウチのお墓は東京じゃないしね」 「……」  お墓参りの類ではないのにお供え物として菓子類をポケットいっぱいに持って出て行くとは。 「依子さん――明日香さんはどこかお供え物にお菓子を持って行くようなところがあるんですか?」 「……んー……」  僕の顔をまじまじと覗き込む依子さん。  その目の光は、僕が単純な興味本位で言っているのかそうでないのかを推し量ろうとしているようにも見えた。 「気になるなら、このマンションの裏手の河川敷を少し上流側に歩いたあたりに小さな公園が整備されているから行ってごらん。明日香は多分、そこに居るから」 「河川敷……ですか? けれど、そんな所にお供え物なんて……」 「もうじき鐘が鳴る頃合いだ。その金が鳴ってから少しばかりの間だけ、あの子が持って行ったお菓子は意味を持つ」 「それって……どういう……?」 「行ってみればわかるよ」  依子さんは意味ありげに笑って言った。  その表情が少し苦々しい色を含んでいるように見えたのは、気のせいだろうか。  僕らは夕凪家のあるマンションの裏手の土手に回り、河川敷沿いに上流側へと向かっていた。  陽の落ち始めた川沿いに吹く風が心地よい。 「ひろいねー!」 「時期を選べば昼寝にはもってこいの場所であるな」  サクラに肩車をしてもらっている鈴音はご機嫌である。  確かにのんびりするにはいい場所だ。  それだけに、お供え物なんて持って出かけて行った明日香さんが何をしているのかは気になるところではある。 「依子さん、さっき鐘が鳴るとか言ってなかった?」  部屋でのやりとりを思い返すように、日野さんが言う。  鐘。  鐘って言ったらあれだよなあ。 「多分、お寺の鐘の話だと思うんだけど」 「この辺りだと、弁天山の事じゃないかしらね」  眉間に皺を寄せている僕らの後ろを歩きながら、婆ちゃんがそんな事を言った。 「弁天山?」 「浅草寺の一画に小高い丘があって、それを昔からこのあたりでは弁天山って言ってるのよ。そこにあるお堂だから弁天堂。建物は改修されているけれど、もう随分昔から鐘を鳴らしているのよ」 「うむ、私が生まれた頃にも既にこの界隈では時間を知らせる鐘として馴染みであったであるな」  それが一体、明日香さんの件とどう関係してくるのだろうか。  想像もつかないまま、やがて僕らは依子さんの言っていた小さな公園に辿り着く。 「――む」  そして、サクラが指さした方向――公園の片隅のベンチのあたりに目をやると。  明日香さんともう一人、年端も行かない小さな男の子が並んで座っているのが目に入った。 「あれは―――あの童の身体は霊気体であるな。それも妖のものではない。純粋に、人間の魂魄である」  少し怪訝そうに目を細めてサクラが言った。
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