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依子さんが帰宅したのは、それから二時間近くも経過した頃だった。
「あー、つっ……かれたァ~。引篭りに電車移動は辛いわホント」
「もーう、お母さん遅いよ。朝霧さん達結構待ってもらってるんだよ」
フラフラしながらリビングへ入って来た依子さんに、明日香さんが不満を漏らす。
「いやあ、ごめんなさいね。編集部で色々込み入った話してたらすっかり遅くなっちゃって」
少しバツが悪そうに苦笑しつつ、依子さんは手提げ袋から何やら取り出してテーブルへ広げた。
「明日香のバイトしてるお店のやつ買ってきたからさ、コレで勘弁してね」
どうやら観光客向けに出している、持ち帰り用にパッケージされた甘味セットのようである。
「あんみつ! あんみつある⁉」
昼間から甘味の事で頭がいっぱいだった鈴音が目を輝かせて身を乗り出した。
期待通りの反応に気をよくした依子さんは鈴音の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「んっふふ、あるよー。鈴音ちゃんにはこの特盛全部乗せセットをあげよう」
「やったー!」
「うんうん、鈴音ちゃんはリアクションが大きくていいねえ」
嬉しさのあまり飛び跳ねている鈴音を眺めて、依子さんは目を細めている。
鈴音を見てほっこりする気持ちは充分に理解できるのだけれど、団欒するだけでは事は進展しない。
確かめなくては。
「依子さん」
「ん? どうかした?」
「あれから、依子さんの初期の短編を買ったんです」
「あっはは……そりゃぁ嬉しいような、こっ恥ずかしいような……。若い頃の作品は自分で読み返すと色々稚拙な部分が目立って身悶えするから、ね」
言って依子さんはポリポリと頬を掻く。
「あの『逢魔が時の境界』で扱った題材――鳴らないはずの鐘の音と河川敷の怪異。今回現実で起きている話とも共通している部分がある様に思うんですけど、依子さんは何か思ところあったりしませんか?」
「それって……私が昔書いた小説と、今の現実が繋がってるって事?」
「完全に当て推量ですけどね」
「あはは、確かに暮六つの鐘が怪異とのチャンネルが繋がるきっかけになってる部分に関しては共通してると言えると思うよ。何せそれこそ作中で取り上げた落語『野晒し』の中でもそれが起点になっているわけだしね。怪談の類の中じゃあ、とりたてて珍しい手法でもないんだよ」
やんわりと僕の考えを否定する依子さん。
けれど、ここはもう一押しして情報を引き出せるか試すべきだ。
そうでなければ、ソウタ君の件はきっと解決から遠のいてしまう。
「じゃあ――この事件との共通点は、ありませんか?」
僕は圭一さんから貰った昔の新聞の抜粋記事を依子さんの前に提示した。「これは……」
それを見た依子さんの表情が少し苦しそうなものに見えたのは、気のせいではないはずだ。
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